セルフコーチング

ちょっと変な問いですが

 

今回もまた

問いを。

 

ちょっと変な

問いだが。

 

・・・

 

あなたは今、

何に

包まれている?

 

それを

しっかり感じた

上で、

 

その

包んでいるものは

あなたに今、

 

何を

与えようと

してくれている?

 

・・・

 

与えられるもの

しっかり認識し、

 

それを活用し、

 

あなたは

今日から

何をする?

 

つづく

 

この転換点に大事な問い

 

今の

5月から6月にかけての

日々が、

 

またとてつもなく

重要なんだな。

 

一つの大きな

転換点。

 

これについては

改めて

書かせていただくと

思うが、

 

今回はまた、

今だからこそ

大事な問いを。

 

・・・

 

あなたの心の

根底にある

怒り(憤り)は何だろう?

 

それを

しっかり見つめて、

 

あるがままに

感じて、

 

その声を

ちゃんと聴いて

みよう。

 

・・・

 

怒り、って

大事なんだ。

 

自分はすぐには

怒らない

大らかな人間で

いよう。

 

・・・とする人が

いるが、

 

もし本当に

そうなりたいなら、

 

より一層、

自分の怒りや

憤りを感じ、

向き合った方が

いい。

 

怒りに敏感に

なる。

 

それにより、

自分が今

本当に意識を向け

エネルギーを注ぐ

べきことは何か?

観えたりする。

 

怒りは

安易に人にぶつけては

ならないが、

 

怒りは

ちゃんと自分自身の

大切な気持ちとして

自分が

大切にすべき。

 

自分の中では

いつも

怒りを

開放させておこう。

 

さて、

 

今はとてつもなく

大事な転換点。

 

その指針を

見出すには、

 

自分の怒りに

光を当てることだ。

 

つづく

 

ふと浮かぶ映像は

 

ふと、

意味のわからない

映像が

浮かぶときは

ないかな?

 

それがかなり

明瞭な場合、

 

それは

単なるイメージ

ではなく

「実在」

かもしれない。

 

「実在」

つまりは

現象(現実)の

もとにあるもの。

 

物事の根元。

 

物事の本質。

 

何らかの物事

について

その本質を

掴めた時、

 

私達は時々、

それを映像化して

自分自身に

もたらす。

 

それは

非常に意味のある

ヒントとなる。

 

自分が単に

頭でイメージを

しているのか?

 

それとも、

 

何らかの「実在」を

掴み、

そのヒントとしての

映像を

自分自身に見せて

いるのか?

 

この区別が

つくようになると

 

人生はとても

面白くなる。

 

そうなるためには

まずは、

 

ふと浮かぶ

一見すると

わけのわからない

映像があった場合、

 

それは

ほんの一瞬

よぎるだけの場合が

多いのだが、

 

それを

逃さずに、

 

来た!

 

その映像に意識を

向けること。

 

頭で解釈する

のではなく、

 

ただただ

その映像に

意識を向け続ける

こと。

 

・・・ということを

続けるといい。

 

意味がわからない

ならば、

意味がわからない

ままで良いので、

 

これを続けていると、

ふと

突然に何らかの

気づきが

来るかもしれない。

 

来ないかも

しれないが。

 

来ないなら

来ないで

それでいい。

 

これも一つの

セルフコーチングの

訓練だ。

 

一つ一つの

映像を

大切に。

 

つづく

 

もう考えるな

 

必要なことが

必要なタイミングで

 

必然的に

起こる。

 

そういった

調和した人生を

創り出すためには、

 

時間との調和

必須だ。

 

自分と時間

との調和。

 

そのための

第一歩は、

 

無駄なことを

やめる

 

・・・だ。

 

さらに

そのための

第一歩は、

 

無駄なことを

考えない

 

・・・ことだ。

 

みんな、

 

無駄なことを

考え過ぎだ。

 

考える必要の

ないことを

あーだこーだ

考え続ける。

 

自分の意識が

全部そっちに

持っていかれる

ので、

 

目の前の

肝心な現実が

観えなくなる。

 

それが

調和度を

極度に下げる。

 

じゃあ、

 

無駄なことを

考えないように

するには?

 

無駄なこと

なのか、

必要なこと

なのか、

その判断は?

 

という質問が

来そうだ。

 

でも残念ながら、

今すぐに

判断がつくように

なる方法は

ない。

 

大事なのは

日々の

習慣づけだ。

 

どんな

習慣かと

言うと、

 

単純だ。

 

自問自答

だ。

 

自分に

丁寧に問うのだ。

 

今、自分にとって

最も大切な

問いは(=考えるべきことは)

何だろうか?

 

と。

 

そして、

 

今、私が

考え続けていることは

本当に必要なのだろうか?

 

と。

 

う〜ん、

わからない。

 

必要かどうか

わからない。

 

・・・と

迷う場合は、

 

必要ない

 

ということだ。

 

本当に必要なことで

あれば、

上記の問いを

自分に真剣に投げれば、

 

すぐさま

「これは必要なことだ」

答えられるはず。

 

・・・と、

あえて決めつけて

しまう。

 

つまり、

必要かどうかわからない

ことはもう

考えない。

 

考えない代わりに

意識を外に

向け続ける。

 

自分の周りの

現実を

 

あらゆる現実を

 

観察し続ける。

 

散歩にでも

出ればいい。

 

外の景色を

眺めながら。

 

自分の心の内側に

意識が

向かわないように。

 

最初は

無理矢理にでも。

 

強引にでも。

 

そして、

 

本当に必要な

ことのみ、

 

「よーし、今からこれを

徹底的に考えるぞ」

 

と決めて、

 

真剣に集中して

考える。

 

考え尽くす。

 

以上のような

メリハリ。

 

これをつけながら

一日一日を

過ごしていく。

 

そうすると自ずと、

無駄なことは

考えない

 

必要なことのみ

考える

 

自分となれる。

 

すると途端に

時間との調和が

始まり、

 

人生の調和が

始まるんだ。

 

つづく

 

あなたは中心だ

 

私達は

 

“環”(わ)

 

の中心にいる。

 

誰もが

そうだ。

 

自分の環がある、

表現することも

できる。

 

あなたの環は

今、

どれくらいの

大きさだろう?

 

昔、

南アルプスの

少しだけマイナーな

地域を

一人で歩きまわった。

 

ある山の

ピークに立ったとき、

 

そこは3,000mくらいの

高度だけあって、

 

人は一人も

見えないのに、

 

世界が

青空のもと、

360度

見渡せた。

 

地平線なのか

水平線なのか

区別のつかない

彼方にのみ

雲は存在し、

 

あとは

濃い青空。

 

その時、私は

確かに

 

“環の中心にいる”

 

と感じた。

 

あの感覚が

33年経った今も

ずっと

残っている。

 

それは一つの

真実なのだと

思う。

 

私達は

誰もが

“環の中心にいる”。

 

そして

“環”を意識することで、

 

“自分”がわかる。

 

それは

自我ではなく、

 

“世界の中の自分”

 

である。

 

その目をずっと

持ち続けること

でしか、

私達は自分の

本当の道を

見出すことはできない

のではないか、

 

今日、ふと

思ったのだ。

 

変な表現だが、

 

きっとみんな

無意識に

自分の環を

意識している。

 

それをもっと

意識的に

意識するといい。

 

今、

あなたの環は

どれくらいの

大きさだろう?

 

自分が

その環そのものに

なると、

自分のことが

どう観える?

 

自分が

その環そのものに

なると、

自分に何を

メッセージしたい?

 

今、

環は、

何を語りかけている?

 

あなたは

今、

何をすべきだろう?

 

つづく

 

ヒントは目の前に

 

人生にヒントは

たくさん

ある。

 

それはまるで

蜘蛛の糸

のような感じで、

 

天から

垂れ下がっている

イメージだ。

 

蜘蛛の糸

なので

一見、何もないように

見える。

 

しかし

本当にたくさんの

糸は存在し、

 

それを見つけられる

自分であるかどうか、

ポイントだと

わかる。

 

心が

ある一定以上に

スッキリしていないと

その糸は

観えない。

 

真本音で生きる

意味の一つは

ここにある。

 

クリアな生き方

は、

たくさんの

蜘蛛の糸

との出会いを

意味する。

 

糸は

こんなに

たくさん

あるんだ!

 

びっくりする

ことだろう。

 

ただし、

 

糸が観えた

としても

 

その糸の彼方、

つまりは天

を見上げても

何も見えない。

 

この糸が

どんな源から

どのように

垂れ下がっているのか

は、わからない。

 

ただ、

その糸が

とても大事である

ということのみ

わかる。

 

だから私は

糸をじっと

見つめる。

 

そして

必要ならば、

その場ですぐに

セルフコーチングする。

 

糸との対話

だ。

 

私はこういう時の

ために

常に手帳を

携帯している。

 

手書きですぐに

書けるヤツ。

 

どこに行く

時でも、

 

仕事でも

プライベートでも。

 

糸との対話は

ほぼほぼ

メモに残して

おく。

 

その時には

まったく意味が

わからなくても、

 

それでも

メモに残し

それを蓄積する。

 

そして時々、

その手帳を

眺めたり

読み返したりする。

 

すると

ある時ある瞬間に

圧倒的な

気づきや

ひらめきが

来る。

 

人生にヒントは

たくさん

垂れ下がっている。

 

ヒントは

常に目の前に。

 

それを掴める

自分でいよう。

 

つづく

 

ここでまた大切な問い

 

今回もまた、

「今だからこそ」

大切な問いを。

 

大きくは

二つ。

 

・・・

「今のあなた」が

「今だからこそ」

やりたいことを列挙してください。

 

たくさん出し切った後で、

その中で最もやりたいことを

6つ選んでください。

 

今、本当にやりたいこと

を6つに特定するわけです。

 

・・・

上記、①の答え6つを

横に置いてでも、

「今だからこそ」

やるべきことを列挙してください。

 

本当にやりたいこと6つ

よりもさらに

優先度の高い

やるべきことです。

 

列挙したらやはり

そのトップ6を

選んでください。

 

本当にやりたいこと6つ

よりも先に

やるべきこと6つ

を特定するわけです。

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

②で選んだ6つ。

 

今、すぐに

やりなさい。

 

ぐずぐずせんと

はよやらんかい!

 

という

やつです。

 

私達は

すべきことを

ちゃんとしなければ

これ以上前には

進まない。

 

と、

真本音で決めている

ケースが多いのです。

 

自分が

やるべき、と

決めていることは

今すぐ、

やろう。

 

つづく

 

それは必要ない

 

お湯が沸騰

した時の

気泡のように、

 

次々に

浮かび上がる

ものがある。

 

その一つ一つ

には、

きっと面白い

ひらめきが

詰まっているのだろう。

 

だが、

 

それらの

泡を

 

私は無視する。

 

勝手に

浮かび上がり、

消えていけ、

と。

 

実は、

 

ひらめきの

99%は

必要のない

ものだ。

 

必要がない

どころか、

 

それらに

捕われると、

 

本当に必要な

ひらめきが

観えなくなる。

 

本当に必要な

ひらめきから

遠ざかる。

 

捨てるべき

ひらめき。

 

それが

99%。

 

残念ながら、

それが今の私達の

心だ。

 

情報過多。

 

歪曲。

 

解釈。

 

ひねくれ。

 

悪意。

 

・・・まぁ、

いろんな原因が

ある。

 

つまりは、

インプット段階で

ひらめきの質が

大きく

低下している。

 

質の悪い

インプットの

反射として

発生するひらめきが

 

ほとんど

ということだ。

 

ただの

反射のひらめきか?

 

それとも

本当の

ひらめきか?

 

この区別を

つけることが

最も重要だったり

する。

 

セルフコーチング力

を高める意味は、

 

ここにある。

 

・・・

 

まずは

自分の中に

どれだけ多くの

ひらめきが

存在しているか?

知った方がいい。

 

沸騰した

お湯のように、

 

気泡が常に

沸き続ける。

 

それを

見つめられる

自分になるといい。

 

それもできない

のに、

ひらめきの区別は

つくはずがない。

 

現代は、

 

現在は、

 

生きづらい

社会だ。

 

余分なものが

多過ぎる。

 

外面も、

 

内面も。

 

だからこそ、

 

区別し

選び出す

 

という力が

必須。

 

それが

生きる力だ。

 

つづく

 

海からもらう

 

海中

深くに潜り、

 

じっと

しよう。

 

光の届かない、

 

まるで

宇宙のような、

 

その場所で。

 

完全に

閉じ籠ろう。

 

完全に

一個の

点になる。

 

微動だに

しない。

 

心も

動かさない。

 

ただの

として

音もない

そこに。

 

時間の経過

感覚として

なくなるだろう。

 

それでいい。

 

自分とか

他人とか

 

もう

どうでもいい。

 

ただの

点。

 

一点。

 

そうして

いて、

 

測り知れない

時間が

経って、

 

体が

ブルっと

震えたら、

 

それが

合図だ。

 

一つの

誕生。

 

あなたの中に

何かが

生まれただろう。

 

あとは

それが

ひらめきとして

 

浮上するのを

 

待ち続ける

だけだ。

 

つづく

 

天からもらう

 

心を

上に向かって

 

開放

してみよう。

 

天に向かって

大きく

広く。

 

宇宙を

丸ごと

感じるくらいに。

 

面白いことに、

 

地に足が

ついている

感覚が、

 

確かであれば

あるほど、

 

天に向かって

より

オープンになれる

ものだ。

 

天と地は

結ばれる

 

ものだ。

 

天と地は

結ばれる

 

ために

ある。

 

それを

成せるのは、

 

私達

「人」

だ。

 

地に立つ

我々

だからこそ、

 

地を

離れられない

我々

だからこそ。

 

天に

全てを晒す

というのは

怖いかもしれない。

 

怖かったら

やっては

ならない。

 

怖くなくなったら

堂々と

やろう。

 

地を

感じながら。

 

これを

する人には、

 

初めの

ひらめき

 

来るんだ。

 

それだけで

命の運び方

 

変わるかもよ。

 

つづく

 

ひらめきへの対し方

 

そこにある

ひらめき

の正体を

見つけよう。

 

ひらめき

ひらめき

のまま

終わらない

ように。

 

ひらめき

対峙し、

 

君は

なぜここに

現れたのか?

 

誠実に

問うてみよう。

 

全てのひらめき

には

目的がある。

 

目的のために

使ってあげねば、

 

そのひらめきが

生まれた意味が

なくなる。

 

ひらめきの

中身を

知る前に、

 

何のための

君なのか?

 

しっかり

問い、

深く理解しよう。

 

変な表現だが、

 

ひらめき

信頼関係を

結ぶのだ。

 

それをすれば、

そのひらめき

は、

 

次のひらめき

連れて来てくれる。

 

誠実に

向かい合えば、

 

ひらめきの

連鎖が

始まるんだ。

 

人間関係と

同じだね。

 

つづく

 

一致点を逃すな

 

この人の

流れ。

 

私の

流れ。

 

あーここだ!

 

ここが

ちょうど

結び目だ。

 

二つの流れが

交わる

わずかな

一致点だ。

 

今、

ここだ。

 

・・・そう

わかった時、

 

私は必ず

その人と

真正面から

向き合う。

 

そして

その人に

完全に委ねる。

 

二つの流れの

一致点では、

 

どちらかが

どちらかに

完全に委ねなければ

 

ただの

交差で

終わってしまう。

 

その瞬間

委ねることで、

 

二つの流れは

一つとなり、

共に

流れ始める。

 

この感覚。

 

この感覚を

掴めるように

なってほしい。

 

そうすれば

私達は、

 

出会うべき人と

出会うべき

タイミングで

出会い、

 

人生の

シナジーを、

 

この人と

でしか

創り出せない

流れを

 

創り出せる

ように

なるんだ。

 

これが、

セルフコーチング力

を高める

最も重要な目的の

一つなんだ。

 

つづく

 

問い二つ

 

今回はまた

今だからこそ

大切な問いを

二つ。

 

・・・

 

これまでの自分と

ここからの自分が

継続して

大切にしたい価値観は?

 

これまでの自分

にはなく、

今から

新たに大切にすべき

価値観は?

 

・・・

 

この二つの問いを

私自身に

投げてみた。

 

最初の問いの

答えは、

 

「常に進化のための

最善を尽くす」

 

そして

次の問いの答えが

結構、面白かった。

 

「直近の3日間のこと

のみを考える」

 

・・・ちょっとこの発想は

これまでの私には

なかった。

 

面白そうなので、

しばらく

試してよう。

 

つづく

 

実在する高原

 

心の中に

実在する

「高原」

を見つけよう。

 

それは

誰にでも

ある。

 

非常に気持ち良い

風の吹く

広々とした

高原だ。

 

青空が

広がり、

暑くも寒くも

ない

暖かな日差し。

 

静かに揺れる

お花達。

 

ところどころ、

木々もある。

 

遠くまで

見渡すことが

でき、

 

自分自身も

心身ともに

広々と

開放される。

 

そんな

高原。

 

心の中に

それを見つけたら、

その中に

どっぷりと

入り、

 

その大地に

大の字になって

休もう。

 

日差しに

全身を包まれ、

 

そして

大地からは

地熱を感じさせる

ような

パワーが

やさしく伝わってくる。

 

私の場合、

椅子に座ったままで

それをするが、

 

そのまま数分

ウトウトと

眠ってしまうことも

ある。

 

それでいい。

 

慣れれば、

立っていても

外を歩いていても

これができる。

 

これをすれば、

「自分」

が戻ってくる。

 

地に足のついた

自分が。

 

何かが

とても落ち着き、

何かが

シャンとする。

 

その状態で

物事の発想を

する。

 

「高原」は

イメージで

創り出すのでは

ない。

 

もう最初から

自分の中に

存在するもの。

 

実在するもの。

 

それを

「見つけ出そう」。

 

つづく

 

二つの問い

 

今日はまた

重要な問いを。

 

次の二つ。

 

直観的な

答えを

見つけよう。

 

・・・

今のあなたの

視野を

30倍に広げると、

 

今のあなたの

やろうとしていることは

どう見える?

 

そして、

 

あなたは自分の

何を変えたい?

・・・

 

理屈じゃなく

直観でね。

 

浮かんだ発想は

大事にしよう。

 

つづく

 

今、向き合うべき問い

今回は二つの問いを

投げよう。

 

今、このタイミングで

しっかり考えよう。

 

・・・

これまでの私の

最大の悔しさとは?

 

それは、

何をもたらす

ためのもの?

・・・

 

実はこの問いは、

あまり頭で

考えない方がいい。

 

思考で答えを

出すことで

ズレた答えを導き出し、

 

せっかくの「悔恨」が

本来の意味を

成さなくなる可能性の

方が

圧倒的に大きいから。

 

私達人間は

自分に都合の良い

思考をするのよ。

 

悔しさから

自分を

救い出すために。

 

だから通常は、

私は

悔恨は悔恨のまま

あるがまま

しっかりとそれを

感じ続けることを

お勧めするのだが、

 

しかし、

今は特別。

 

今は、一気に

次のステージに

進もうとしている人が

多い。

 

上記の問いを

しっかり考えた上で、

その後、

本質的答えが

直観として浮かび上がる

可能性は高い。

 

そう。

 

しっかり考えながらも

本当の答えは

直観を待とう。

 

その前提のもとで、

上記の問いと

しっかり

向かい合ってみよう。

 

つづく

 

一度、風になろう

 

気持ちのよい

風の中に

立っていると、

 

風の感触のみに

意識を奪われ、

 

周りの景色が

目に映らなくなる。

 

風と共に

私自身も

空に舞い上がっていく

気になる。

 

この

体という制限が

もしなくなれば、

 

どれだけ自由に

なるだろう。

 

どれだけ

遠くに

行けるだろう。

 

自分自身に

問うてみる。

 

私は今、

何に縛られている?

 

いつの間にか

何を前提にして

すべてを発想している?

 

私が今

立っているこの

地面は、

土台は、

本当に今の私に

必要なものか?

 

もっと

心を解き放ち、

魂を解き放ったら、

本当は私は

何をしたい?

 

本当は

何者として

進みたい?

 

以上の問いを

あなたにも

プレゼントしよう。

 

ステージが

変われば、

前提が変わる。

 

あなたのこれまでの

前提は

もう、

前提ではないのだよ。

 

つづく

 

不安・絶望・不信はないか?

 

今回は

大事なチェックを。

 

まず、

 

自分の「中心軸」を

意識しよう。

 

ここで言う「中心軸」

とは、

 

自分のおへその奥

辺りの体の中心点と、

自分の頭頂部の

中心点を

結んだものだ。

 

二つを結べば

体の中に中心軸が

走っているように

感じるだろう。

 

その中心軸を

さらに

上と下に伸ばそう。

 

上は

天(宇宙)と繋がる

くらいに。

 

下は

地球の中心と繋がる

くらいに。

 

まっすぐに立って

やった方が

やりやすいかも

しれない。

 

地球の中心と

天(宇宙)を繋ぐ

一直線。

これが「中心軸」。

 

それに貫かれている

自分。

 

これを

イメージしようと

した時、

 

はっきり

「中心軸」を感じる

ことができるかどうか?

 

途中で

「中心軸」が見えなく

なっていたり、

何かモヤモヤしたものが

へばりついていたり。

 

もしくは、

「中心軸」のはずなのに

グニャグニャと

曲がっていたり。

 

・・・とにかく

スッキリとまっすぐに

「中心軸」が見えない

場合、

 

その

モヤモヤした部分に

意識を集中して

向けてみよう。

 

もしそこに

激しい不安・絶望・不信

のようなものを

感じたら、

 

それは

あなたのもの

ではない。

 

他の誰かから

受け取ってしまった

「念」である。

 

つまりは

「エンティティ」と

呼ばれるものだ。

 

エンティティとは

ストレスの濃度が

ある一定以上に高まることで

実体化したもの。

 

念の塊だ。

 

それは

人から人へ

まるでウィルスのように

伝染する。

 

今、

真本音度の低い人達

のエンティティが

凄い。

 

街を歩いていると

そこかしこに

それを感じる。

 

本来は

真本音度が高ければ、

 

ちゃんと自分の

真本音に素直に

生きていれば、

 

そのようなエンティティ

に対しても

耐性は高く、

 

しっかり睡眠を取れば

解消できるはずだが、

 

今はあまりに

街に氾濫している

エンティティが多いので、

 

それを受けて

しまい、

 

言いようのない

不安・絶望・不信

などの気持ちに

苛まれてしまっている

人が

増えている。

 

しかしそれは

その人自身の

不安・絶望・不信

ではない。

 

そういった「念」を

受け取って

感じ取って

しまっているだけだ。

 

上記のように

自分の「中心軸」を

意識し、

もしそこにエンティティの

存在を感じたら、

 

そこに

ド直球に

あなたの目線を

向けよう。

 

エンティティを

攻めるわけではない。

 

癒すわけでも

ない。

 

ただ、

エンティティと

向き合うだけ。

 

意識の矢印を

向けるだけだ。

 

それだけで

エンティティ達は

あなたのもとを

離れる。

 

攻めては

いけない。

 

戦っては

いけない。

 

ただ、

まっすぐに

見つめるだけ。

 

真剣な

眼差しで。

 

あなたの

「自分の人生を生きる」

という意志を

向けるだけ。

 

するとその

「真剣さ」に

エンティティ達は

 

ここは自分のいる

場所ではない、

 

と感じ、

去っていく。

 

先ほども書いたが、

今、

真本音度の低い人達は

とても激しく

揺れている。

 

こういう時こそ、

真本音で生きる私達は

自分の人生を

毅然と進もう。

 

自分のすべきこと

したいことに

素直に、誠実に。

 

その意志が

私達自身を

楽にする。

 

エンティティを

相手にしている

場合ではない。

 

つづく

 

じれったい

 

たった一文字の

新たな理念が

私の中に

生まれたようだ。

 

たった一文字で

かつ

私に大きなパワーを

与えてくれる

理念であることは

わかる。

 

でも

肝心のその一文字が

わからない。

 

どれだけ

心を無にしても

浮かんでこない。

 

思考では

決してたどり着けない

ことはわかるので、

直観をじっと

待っている。

 

が、

わからない。

 

実はこれまでも

こういったことは

よくあった。

 

そんな場合は

「わからない」という

気持ち悪さを

そのまま感じながら

 

1分1秒を

過ごしていく。

 

自分にとって

非常に大事な理念

であることは

ヒシヒシ感じるので

 

「わからない」という

ことが本当に

気持ち悪い。

 

首を掻きむしり

たくなるような

じれったさ。

 

でもそれすらも

共に

時間を過ごす。

 

わかる時は

必ず来る。

 

その瞬間が

訪れるまで、

このままで。

 

こういったことも

セルフコーチングの

基本だ。

 

つづく

 

未来と今をつなぐ

 

本当に望む

未来は

どこにある?

 

あなたの周りの

空間の

どこかにそれはある、

としたら

どこにある?

 

私の場合、

私の少し前の

上空。

 

ずっとずっと

上の方に

それはある。

 

とてつもなく

強い光として

それは

そこに存在している。

 

あなたのは

どこ?

 

それは、

真本音のビジョン

だ。

 

もし場所を

見つけられたら、

そこにじっと

意識を向けてみよう。

 

少し落ち着いた

時間に、

ずっと意識を

向け続けよう。

 

ずっと。

 

じっと。

 

何も考えず。

 

それをし続ける

だけで、

何か感じるものが

あるはず。

 

私の場合、

感じるのは

あったかさ。

 

とても穏やかで

静かなあったかさが

じんわりと

伝わってくる。

 

と同時に、

「仲間」の存在感。

 

大勢の仲間達の

感覚が。

 

とてもパワーのある

仲間達だが、

とても静かで

落ち着いている。

 

一緒にいて

居心地の良い

仲間達。

 

これを感じると、

私はまだまだこれから

大勢の人達と

出会うのだな、と

わかる。

 

さらに意識を

向け続けると、

 

じんわりと

メッセージのような

ものが。

 

それをあえて

言葉にすれば、

 

「やったね」

 

となる。

 

きっと何かを

みんなで

やり遂げたのだろう。

 

あなたは

どうだろう?

 

あなたのビジョンの

場所に

意識を向け続けると、

 

何が伝わって

くる?

 

その、

伝わってくるものを

素直に感じながら、

 

今日

に向かおう。

 

今日

という一日に。

 

今のこの

一歩一歩が

その未来に

続いて行くように。

 

その未来に

たどり着けるか

どうかは、

 

今の私

 

で決まるのだから。

 

つづく

 

中心軸への問い

 

今一度、

自らの中心軸を

明確にしよう。

 

今ここで

明確にすることに

意味がある。

 

たとえ

これまで確立した

中心軸が

あったとしても。

 

今、

だからこその

言葉(表現)が

見つかるはず。

 

その際、

発想の起点となる

いくつかの問いを

列挙しておこう。

 

・・・

 

これまでの私の人生は

何を軸としてきただろう?

 

これから私は

何のために生きよう?

 

これからの私は

何をやらない?

何をやり続ける?

 

これからの私は

何から離れる?

何に近づく?

 

これからの私は

誰から離れる?

誰に近づく?

 

ここからの私が

何が起きても決して

変えることのない

軸は何だろう?

 

それを最も

今の私に納得のいく

シンプルな表現で

言語化すると?

 

・・・

 

上記の問いは、

あくまでご参考までに。

 

中心軸をちゃんと

言語化したら、

 

さぁ、

超加速だ。

 

つづく

 

この楽しみこそ

 

これは、

今の自分には

わからない

ことなのだ。

 

と、

わかることが

ある。

 

きっと

未来の自分、

 

ひょっとすると

それは

明日の自分かも

しれない、

 

1時間後の自分かも

しれない、

 

10年後の自分かも

しれない、

 

・・・けど、

 

でもとにかく、

未来の私にしか

出せない、

今、ここにいる

この私には

出せない答えなんだ。

 

今の私が

出してはならない

答えなんだ。

 

・・・と

わかる。

 

この感覚は

とても大事だ。

 

そうしたら

今、ここで

答えを出すことは

あきらめて、

 

では、

答えのわからない

自分は、

今これから

何をしようか?

 

と。

 

「答えを出すために

何をしようか?」

 

という観点も

大事かも

しれないが、

 

それ以上に

 

「答えをわかっていない

この自分だからこそ、

何をしようか?」

 

という

この感覚も

大事だ。

 

コーチという

役割をしていて、

私は痛感する。

 

「答えがわからない」

ということが

いかに

素敵なことか。

 

これこそ

人間の醍醐味

ではないか。

 

人生の醍醐味

ではないか。

 

問いがある

ということは

イコール、

必ず答えがある

ということだ。

 

にも関わらず、

答えがわからない。

 

わかるべき

時が来るまで

わからない。

 

・・・これ、

凄く面白い!

 

だからこそ

人生が進む。

 

冒険が

始まる。

 

未知の領域へ

進んで行ける。

 

「わからないまま

進む」

 

・・・その楽しさ。

 

だから私は

いつも自分に

問いばかり

投げ続ける。

 

問いは全部、

それ専用の手帳に

書き続けている。

 

その手帳を

いつも見ながら、

 

答えがわからない

モヤモヤを

 

楽しみ尽くして

いる。

 

これが

セルフコーチングの

基本だ。

 

この

楽しみこそが。

 

つづく

 

痛みに真摯に

 

自分の心の

最も痛い部分には

何がある?

 

痛さを感じるのは

健康である

証拠。

 

痛い部分を

見たくない、

と思うのも

健康である証拠。

 

ここからより

健康に進むためにも、

その痛い部分を

直視しよう。

 

可能であれば、

 

その痛い部分に

全身

どっぷり浸かる

くらいに

入り込んでみよう。

 

観て

感じる。

 

あるがままに。

 

その痛い部分は

自分自身に

何を訴えているか?

 

何を

望んでいるか?

 

何を

理解してほしいのか?

 

あなたはそれらを

受け取り、

どう思うのか?

 

思ったことは

正直に

その痛い部分に

告げてみよう。

 

そして

その痛い部分と

しっかりじっくり

話し合うのだ。

 

つまりそれは

自分自身との

対話だ。

 

これも大切な

セルフコーチング。

 

真本音度が

高まれば高まるほど、

こういった対話は

しっかりやった方が

いい。

 

これを私は

毎日、やり続けた。

 

このように

ちゃんと自分と

向き合い続ければ、

 

自分自身との

「和解」

が進む。

 

その結果、

痛い部分は自然に

消えていく。

 

成仏する

感じ。

 

今はもう

私の心に

痛い部分はない。

 

あるのは

他の人から受け取った

痛い心。

 

それはそれで

別の対処をするのだが、

 

まずは基本は

自分自身の心との

対話だ。

 

自分の痛みは

自分で向き合おう。

 

自分の道を

しっかり進む

ためにも。

 

つづく

 

問いが足りない

 

もっと自分に

問うといい。

 

みんな、

問う量が

圧倒的に少ない

のだと思う。

 

問えば

自然にわかることが

ある。

 

しかし

問わないから

永遠に

わからないままだ。

 

もっと

自分の中に発生

している問いに

敏感になった方が

いい。

 

最も単純な

問いは、

 

「なぜだろう?」

 

だ。

 

まずは

この問いを意識

するだけでも

人生は変わる。

 

ちょっとした

ほんのわずかな

心の隙間。

 

そこに

「なぜだろう?」

存在している。

 

わざわざそんな

どうでも良いことを

考えなくてもいいか、

思うなかれ。

 

そこにどれだけ

深い意味があるか?

答えに気づいた

後にならねば

決して

わからないものだ。

 

私達は

一日のうちに

何度も何度も

「なぜだろう?」

繰り返している。

 

その一つ一つに

馬鹿丁寧に

なるくらいに

真摯に向き合って

ごらんよ。

 

それだけで

人生の充実度は

根底から

変化するかも。

 

大袈裟では

ない。

 

問いに敏感に

なるのは、

人生を豊かにする

ための

基本だと思う。

 

私は一日中

自問自答するように

なって

本当に景色が

変わった。

 

この充実度は

誰もがすぐに

手に入れられるもの。

 

存分に

自分自身に向かって

問うてほしい。

 

生きるとは、

問うことだ。

 

つづく

 

直観力を高めるには

 

そろそろ

「思考」

を止める練習を

してみようか。

 

心の中を

宇宙だと

思ってもらいたい。

 

心の宇宙を

我々、顕在意識が

漂っている

イメージだ。

 

私達に必要な

「答え」

が出来上がったとき、

 

それは

宇宙のどこか

特定の場所に

浮遊している。

 

実際の宇宙には

「浮遊惑星」

という星がある

らしい。

 

要するに「遊星」

というやつで

自由気ままに

その星は宇宙を

駆け巡っている。

 

心の宇宙に

おいては、

出来上がった「答え」

がまさに

その「浮遊惑星」の

ようだ。

 

自由に心の中を

飛び回っている

わけだ。

 

そいつを

捕まえなければ

ならない。

 

そこで邪魔に

なるのが

「思考」

というわけさ。

 

思考している間、

我々は

一つの場所に

止まってしまう。

 

そうすると

「答え」には

永遠に巡り会えない。

 

「答え」に

巡り合うためには、

こちらから

「答え」を追いかけたり、

 

待ち伏せしたり、

 

一緒に流れたり

しなければならない。

 

それを「思考」で

することは

不可能だ。

 

どうするか?

と言えば、

簡単なことだ。

 

「思考」を止めた

状態で、

心の宇宙に

ただ、漂うだけだ。

 

これをしていると、

私達は勝手に

心の宇宙の中を

移動し始める。

 

ある時は

光をも超えるような

勢いで

駆け巡ったりする。

 

「思考」さえ

止めれば、

勝手にそうなる。

 

あとは

じっと待つだけ。

 

順当に行けば、

数分後には、

「浮遊惑星」である

「答え」と

巡り合う。

 

巡り合ってからも

「思考」は

働かさない。

 

やはり

待つだけ。

 

自分(顕在意識」と

「答え」は

スーッと「一つ」に

なる。

 

一つになっても

思考はするな。

 

一つになった

感覚を

ただ、楽しむだけ。

 

すると、

フッと

まるで過去を

思い出す感覚で、

 

「答え」が

顕在意識に

浮上する。

 

思い出す感覚なので、

すぐにわかる。

 

そこには

「確信」しかない。

この「答え」で

間違いないと。

 

だからもう

迷うことはない。

 

決断しよう、

という意志も

必要ないくらいに、

 

私達は

その「答え」と共に

現実世界を

歩み始めるんだ。

 

まとめると、・・・

 

自分の必要と

している「答え」が

生まれたな、

と、まずはわかる。

 

わかったら

心の宇宙に入り、

じっとしている。

 

思考をゼロに

すれば、

勝手に宇宙の旅が

始まり、

 

答えと巡り合う。

 

そして

答えと一つになれば

思い出す。

 

本当の答えを。

 

・・・たったそれだけの

こと。

 

慣れれば、

一日に何度でも

できる。

 

「直観」を

意図的に

起こすことができるんだ。

 

本当に必要な

答えと

共に生きる。

 

それができる

自分になろう。

 

そろそろ

思考を止める

練習をしよう。

 

つづく

 

言葉の本質を探ろう

 

「言葉」を

単なる意味として、

解釈として

頭で捉えるのでは

なく、

 

体験として

捉えてみる。

 

過去の自分の

体験として。

 

しかしそれは

過去を

思い出している

というだけに

留めない。

 

例えば、

 

『楽しむ』

 

という言葉がある。

 

意味は誰もが

知っているだろう。

 

しかしそれは

解釈に過ぎない。

 

解釈は

解釈だ。

そこで終わっていると

私達はその本質には

到達し得ない。

 

過去の自分の

「楽しむ」体験を

思い出そう。

 

最も「楽しむ」ことの

できた体験を。

 

しかもそれは

思い出すだけでは

いけない。

 

もう一度、

今ここで

その体験を

し直そう。

 

今ここで

まさにその出来事が

起きているかの

ように。

 

そして、

まだ、これでも

足りない。

 

その「体験」を

「楽しむ」

そのものとして

味わうのだ。

 

頭の解釈

ではない。

 

その体験を

通じて、

自分自身が

 

「楽しむ」そのもの

 

となるのだ。

 

私は

「楽しむ」

だ。

 

・・・と。

 

自分の

全身全霊すべてが

「楽しむ」そのもの

となる。

 

その時になって

初めて私達は、

 

「楽しむ」の本質

 

を理解する。

 

もちろんそれは

その人それぞれの

理解で良い。

 

自分なりの

「楽しむ」の本質

で良い。

 

私がこれを

やったら、

 

私が

「楽しむ」そのもの

となったら、

 

私は私の「中心」に

何かの存在を

感じた。

 

それは「卵」の

ような

何か。

 

私はそれを

「守っていた」。

 

とてつもない

深い愛で、

それを

守っていた。

 

それを守りながら

私は

高いエネルギーを

もって

活性化をしていた。

 

そこで

理解したのだ。

 

私にとっての

「楽しむ」

とは、

 

「守るべきを守り

活性化すること」

 

であると。

 

以上が、

「言葉」を

真に「自分のものとする」

ということだ。

 

この世の言葉は

すべて

記号に過ぎない。

 

しかしその記号は

すべて

本質と繋がっている。

 

特に

自分にとって

大切にしたい言葉、

好きな言葉、

自分自身の本質と

相まって

ここに存在している。

 

こういったことを

一つ一つしっかり

理解することこそ、

 

自己理解

ではないか。

 

自分の人生を

理解する

ということでは

ないか。

 

つづく

 

私のやり方です

 

セルフコーチングの

いつもの私のやり方を

教えます。

 

私の場合、

 

まずは自分の中に

何らかの

「発想」

が浮かんだことが

わかる。

 

多くの場合、

それは

「光」として

認識される。

 

つまりは、

私の心の中に

「光」が発生する

わけだ。

 

あっ、

「光」が来たな。

 

わかったら、

その「光」に

意識を向ける。

 

ただ、

意識を向ける

だけ。

 

何も考えない。

 

すると、

私はその「光」と

一体化を

自然に始める。

 

「光」の中に

全身が

入っていく感じだ。

 

「光」の中に

入ったら、

じっと

そのまま「光」を

感じる。

 

何も考えない。

思考しない。

 

すると

フッと

まるで思い出すような

感覚で、

 

「問い」が

浮かぶ。

 

そうしたら、

「光」の中のままで

自分にその「問い」を

投げる。

 

すると

多くの場合、

その直後に

「答え」

を思い出す。

 

まさに

「思い出す」感覚

だ。

 

これを

一日に何度も

行なっている。

 

これで

自分が今日すべき

ことや、

 

今日すべき仕事に

必要な発想は

すべて揃って

しまう。

 

未来のビジョンも

課題も

必要な時に

必要な形で

明確になる。

 

なぜこの私の

やり方を

ここに書いたかと

言えば、

 

皆さんの中には

もう

やろうと思えば

このやり方のできる人が

いるのではないか。

 

生産性、

メッチャ上がります。

 

試してみて

ください。

 

つづく

 

約束を問う

 

今回は、

問いを一つ。

 

・・・

 

私は、何をカタチにするために

生きているのだろう?

 

・・・

 

自分自身の

深いところへ

投げてみよう。

 

この問いは

かなり

難しい問いだ。

 

答えがすぐに

わかったとしたら、

 

それを「答え」と

せずに

 

さらにもっと

深いところにある

答えを

見つけ出して

ほしい。

 

「カタチ」

の定義は

人それぞれだが、

 

私達は

何かを「カタチ」に

するために

生まれてきた。

 

その

自分自身との

約束を

思い出すときが、

 

今だ。

 

つづく

 

落ち着いて考えよう

 

温泉にでも

浸かっているような

穏やかな感覚で、

 

次の問いを

自分自身に投げてみよう。

 

・・・

 

私は

本当は

何をしたいのだろう?

 

そのために来年は

何をしようか?

 

そのために

今年中に

何を完了させておこうか?

 

・・・

 

落ち着いて

静かな心で、

 

でも

 

本気で

発想してみよう。

 

つづく

 

答えを自覚しよう

 

一つの問い

がある。

 

その問いは

とても答えづらい

かもしれない。

 

しかしそれを

わかって上で、

 

強引にでも

 

答えを出さねば

ならない時がある。

 

そんな問いを

一つ

ここに。

 

・・・

 

私は今、

誰から離れよう?

 

・・・

 

今、ちゃんと答えを

見つけ、

しっかりと行動する

ことで、

 

新たな道が

開くんだ。

 

つづく