セルフコーチング

意識を向ける④

 

昨日の続きです。

(→ 意識を向ける③)

(→ 意識を向ける②)

(→ 意識を向ける①)

 

世界に意識を

向け、

 

世界から観た

自分に

意識を向ける。

 

これをずっと続けると

どうなるでしょう?

 

私はちょっと

不思議な体験を

した。

 

一言で言えば、

 

自分の中にも

「世界」がある

「わかった」

のだ。

 

そしてその

自分の中の世界は、

 

自分の外の世界と、

 

完全に

一致する。

 

・・・と。

 

もう一度、言おう。

 

自分の中の世界と

自分の外の世界は

完全に一致する、

 

ある瞬間に

理屈ではなく

感覚として

わかったのだ。

 

それを

「思い出した」

と言うと、

かなりピンとくる。

 

内側の世界と

外側の世界が

完全に一致して、

 

その境目にある

のが

「人間」。

 

するといったい

人間とは

何なのだろうか?

 

そんな疑問が

湧いた。

 

なぜ、

同じ世界が二つあり、

しかも

そこに境目が

あるのだろう?

 

何のために?

 

この疑問を持ちながら

私は日々の

コーチとしての活動を

続けた。

 

すると

また一つわかった。

 

私も含めて

ほとんどの人が

 

内側の世界と

外側の世界が

「一致していない」

と。

 

本当は

完全に一致するはずの

二つの世界が、

一致していないと。

 

そこに

境目があることで

二つの世界は

分離され、

 

分断され、

 

断絶している、と。

 

そしてそれにより

内側の世界も

外側の世界も

それぞれが

それぞれなりに

不調和を起こしている、

と。

 

その不調和により

さらに

二つの世界は

分離・分断・断絶度合いを

高め続けている、と。

 

本当は

二つの世界を

一致させれば良いのに。

 

たった

それだけの

ことなのに・・・。

 

そこでまた

ハッと気づいた。

 

二つの世界を

一致させること

こそが、

 

私達人間の

役割なのではないか。

 

二つの世界を

一致させることで、

 

二つの世界が

より調和する。

 

それをすること

こそが、

人間の役割なのでは、

 

存在意義なのでは

ないか。

 

そしてもし

二つの世界が

完全に一致できたら、

 

人間は

ただの境目ではなく、

 

世界そのもの

 

なれるのではないか。

 

そして

すべてが一つに

なれるのではないか。

 

それを我々は皆、

心の根底では

願い続けているのでは

ないか。

 

それが我々の

共通の願いなのでは

ないか。

 

そこから私は、

 

二つの断絶したもの

不一致になっているものを

一致させていく。

 

・・・その過程を

「進化」

と呼ぶことにした。

 

そして

そのために

我々人間が発する

エネルギー、

かつ

世界が発する

エネルギーを

「愛」

と呼ぶことにした。

 

そして、

 

愛のエネルギーを

高め、

進化に向かうための

 

その時その瞬間、

その人の発することの

できる

最大最高の

そして「最善」の意識を

 

「真本音」

 

と呼ぶことに

したんだ。

 

 

※この項終わり

 

ブログはつづく

 

意識を向ける③

 

昨日からの続きです。

(→ 意識を向ける②)

(→ 意識を向ける①)

 

世界全体に

意識を向ける、

 

つまりは

 

世界全体を

感じ取ろうとする。

 

これを日常的に

続けることで、

私達の意識は

無限に広がっていく。

 

そして常に

「世界」を感じ取りながら

今ここに

向かうようになる。

 

単なる自分の主観

のみで生きるのと、

 

世界全体を感じ取り

ながら

生きるのとでは、

 

自分の生き方

自分の在り方

発想の仕方

行動の仕方

 

さらには

現実の起こり方

 

根本的に違って

くる。

 

意識的に変えよう

としなくても、

無意識的に自然に

変化が始まるだろう。

 

さらに、

 

常に世界全体に

意識を向けていると、

 

ある時ある瞬間から

「世界の中の自分」

感じ取れるように

なる。

 

それは

自分自身に対する

世界からの

客観的視線だ。

 

もし、

これまで自分の

主観のみで生きていた

とすれば、

 

これにより

自己イメージは

かなり変わる可能性が

ある。

 

「自分」という存在

の意味が

突然にわかったり

するかもしれない。

 

それは相当な

インパクトだ。

 

私がこれを

初めて体験した時、

 

私が真っ先に

思ったのは、

 

「いったい俺は

何を遊んできたんだ」

 

「こんなことを

やってる場合ではない」

 

「こんなことに

悩んでいる場合ではない」

 

「俺はもっと別のことで

悩まねばならない」

 

・・・そんなような気持ちが

立て続けに湧いてきた。

 

かと言って

職を変えるとか

環境を変えるとか

そういったことではなく、

 

生き方

を変えようと思ったのだ。

 

そこから

変なことに悩まなく

なったし、

 

必要のないところで

深刻にならないように

なり、

 

人生がかなり

軽くなった。

 

すると面白いように、

人間関係とか

出会う人の種類とか

 

ということはつまり

人生の展開が

変わり始めた。

 

そこから私は、

 

常に「世界」に

意識を向け、

 

かつ

 

常に

世界から観た「自分」に

意識を向け

続けるようになった。

 

おかげでさらに

心は安定するように

なり、

 

確信

も高まった。

 

さて。

 

まださらに

お話は続きます。

 

つづく

 

意識を向ける②

 

昨日の続きです。

(→ 意識を向ける①)

 

「意識を向ける」

とは

客観的目線であり、

 

それは、

 

あるがままに

観る

聴く

感じる

 

ということだ。

 

そういった

「意識の使い方」

私達現代人は

忘れてしまっている。

 

さて。

 

今回は何を一番

お伝えしたいのかと

言うと、

 

世界に意識を

向けよう。

 

・・・ということだ。

 

「世界」とはつまり

「自分以外の存在すべて」

だ。

 

ある特定の存在に

意識を向けるのでは

なく、

 

世界全体

 

に意識を向けて

みよう。

 

全身全霊を

込めて、

世界全体

を感じ取ってみよう。

 

するとどうだろう。

 

自分の意識が

どんどん無限に

広がっていくのが

わかるだろうか?

 

実際に

世界全体を

観ることはできないが、

 

感じることは

できる。

 

世界全体を

あるがままに

感じ取ろう

とする。

 

本当にできるか

どうか、ではなく、

 

しようとする

のだ。

 

それを一日の内に

何度も何度も

すると良い。

 

ちなみに私は

ほぼ24時間

ずっとこれを

やり続けているのかも

しれない。

ちょっと極端に言うと。

 

これに慣れてくると、

ある時から

 

世界の意識

 

が、

何となく自分に

伝わってくるように

なる。

 

そんなの自分の

思い込みではないか、

言われそうだが、

 

たとえ思い込みでも

良い。

 

世界全体を

あるがままに感じ取ろう

意識を広げること

自体に

意味がある。

 

そしてその状態で

自然に感じ取れること

そのものに

意味がある。

 

世界全体から

伝わってくる何らかの

意識。

 

それを無理に

言葉にしなくても

良い。

 

でもそれを得た状態で

今を生きると、

 

何かが根底から

安定する。

 

ドッシリと

安定する。

 

そして、

今自分がしようと

していることに

 

根拠のない

確信を

持てるようになる。

 

私達は

「世界」の中で

生きている。

 

であれば、

「世界全体」を

常に感じ取りながら

生きると良い。

 

その生き方は

自分自身の開放に

つながっていく。

 

このお話、

まだ続きます。

 

つづく

 

意識を向ける①

 

すべての存在を

・自分

・自分以外

分けたとする。

 

そして

自分以外のことを

「世界」

と表現するとする。

 

すると

すべての存在は

・自分

・世界

のどちらか

ということになる。

 

さて。

 

皆さんは、

・自分

・世界

どちらにいつも

意識を向けている

だろうか?

 

意識を向ける、

とは

もう少し具体的に言えば、

 

「観察する」

 

とか

 

「声を聴く」

 

とか

 

「感じ取る」

 

とか。

 

そういったことだ。

 

ちなみに、

頭の中で思考を

したり、

解釈をしたり

することは

上記の3つのどれとも

違う。

 

頭の中の思考

は、

意識が内側に籠もっている

状態で、

 

それは主観的だ。

 

意識を向ける

とは、

 

客観的だ。

 

つまりは

「知ろう」

とすることだ。

 

もしくは

「体験しよう」

という表現でも

良いかも。

 

そう捉えると、

・自分

にも

・世界

にも、

 

どちらにも

意識を向けていない

人は多い。

 

いつも意識は

内側にあり、

主観的な状態だけで

生きている

という人だ。

 

そういった人は

残念ながら

なかなか自分の視界

から抜け出ることは

できないし、

 

本質的な成長も

難しい。

 

私達は

・自分

を生きているし、

・世界

の中で生きている。

 

まずはその二つに

客観的目線を

向けることが大切だ。

 

それがつまり

「意識を向ける」

ことであり、

 

観察したり

声を聴いたり

感じ取ることだ。

 

さて、

 

今回はここまで。

 

このお話は

明日も続けます。

 

つづく

 

自己理解のための習慣

 

ゆっくりと

何かを語りたい

ときがある。

 

何を語りたい

のかは

わからない。

 

でも、

何かを語りたい。

 

そういったときは、

私はすぐに

パソコンに向かう。

 

文章を

書き始める。

 

頭では

書かない。

 

手、のみで

書く。

 

すると

面白いように

手が

スラスラと文章を

書き進める。

 

手が書いた文章を

後から

目が追い、

頭が追う。

 

そして

それを面白がる。

 

これも一種の

セルフコーチングの

やり方であり、

 

ある意味、最も

初心者向けの

方法だ。

 

できればこれを

毎日、

一日の終わりに

行なうと良い。

 

日記を

頭ではなく、

手で書くようなものだ。

 

とは言え、

毎日、

何か語りたいことがあるな、

という感覚に

なるわけではないだろう。

 

しかしそれでも

毎日、手に書かせて

いると、

 

毎日、一日の終わりには

何かしら

手が書けるようになる。

 

習慣化というのは

面白いものだ。

 

我々現代人は、

 

あまりにも

自分自身の内面を

理解せずにいる。

 

頭の中で

考えていることのみが

自分であると

思い込んでいる。

 

もっと

しっかりと自分を

理解しようとした方が

良い。

 

でないと、

本当に自分の人生を

自分として生きていることに

ならないのではないかな。

 

手で書く、というのは

習慣化するには

とてもオススメの

やり方だ。

 

つづく

 

感覚を言葉へ

 

感覚を

言葉にする。

 

というのは

なかなか難しい

ものだが、

 

やってみると

いい。

 

ほんの些細な

ちょっとした感覚に

まずは

敏感になること。

 

セルフコーチングの

基本は、

 

まずは

自分の体の感覚を

感覚として

観察すること。

 

例えば、

何となく首筋が

重いな、

とか。

 

背骨にちょっとだけ

違和感たあるな、

とか。

 

今日は

胴体の中が

スースーする。

まるで空洞のようだ、

とか。

 

そして

わずかに感じる

その部分に

意識を向ける。

 

解釈とか

思考とか

まったくせずに、

 

意識のみを

向ける。

 

するとその

わずかな感覚が

ありありと

際立ってくる。

 

場合によっては

その感覚の

「中に入り込む」

状態になるかもしれない。

 

感覚が

際立ってきたら、

さらにそこに

全身全霊を込める

ようにして

意識を集中させる。

 

すると、

私の場合は

映像が浮かんでくる。

 

人によっては

何も浮かばない

かもしれない。

 

映像が浮かべば、

今度はその映像に

ずっと意識を向ける。

 

映像がなければ、

感覚にそのまま

意識を向け続ける。

 

すると

ある一定以上の

時間が過ぎると、

 

ふと、

何かを思い出す

感じで、

 

言葉が

浮上してくる。

 

・・・こんな感じ。

 

慣れないと

難しいかもしれない。

 

でも

練習する価値はある。

 

これができるように

なると、

人生の展開は

劇的に変化する。

 

自分の感覚をもとに

人生の選択を

していくからだ。

 

ちなみに

私のこのブログは

いつもこんな感じで

書いている。

 

自分のわずかな、

しかしそこにしっかりと

存在する感覚を、

 

今日という一日を

終えた

今日にしかない

その感覚を、

 

言葉にしている

のだ。

 

これも練習だと

思ってやっている。

 

だから、

「感覚」を日記にするのも

いいかもね。

 

練習してみて

ください。

 

つづく

 

今、気づこう

 

「気づき」

になる前の

「気づきの感覚」。

 

これに敏感に

なれると

強い。

 

あっもうすぐ

私は何かに

気づくな。

 

・・・と

わかるからだ。

 

そんなことが

できるのか?

言われそうだが、

 

できるのだ。

私達人間は。

 

「気づきの感覚」

が訪れると、

 

私はまずは

自分に問う。

 

「今すぐに

気づけるか?」

と。

 

YESだ、と

返ってきたら、

 

私はちょっと

目を閉じて、

息を整える。

 

そして

心を静かにする。

 

すると、

「気づき」を得られる

心の場所に

今の私の心が

あるかどうか、

わかる。

 

つまりは

私の顕在意識が

「気づきの場所」

にいるかどうか、

ということだ。

 

ズレてるな、

思えば、

 

私は

私の顕在意識の

場所を変える。

 

心の中を

浮遊し、

心の中の場所を

移動するのだ。

 

特に意図する

ことはなく、

 

ただ、

「その場所まで

移動しよう」

と思うだけで、

スーッと移動を

し始める。

 

そして、

 

あぁ着いたな。

 

わかる。

 

気づきの場所に

到着したら、

私はまた

目を閉じて

息を整える。

 

あとは

何も考えず、

 

心を無にして

待つだけだ。

 

すると、

イメージではないが

感覚として、

 

のようなものが

来る。

 

あっ来たな、

すぐにわかる。

 

すると私はその

光と

一体化する。

 

光そのもの

となる。

 

すると

その瞬間に

 

まるで

何かを思い出す

かのような感覚で、

 

「気づき」

を得る。

 

それは

今のこの瞬間の

私にとっては

とても大事な

内容のことが多い。

 

私は

以上のことを

一日のうちに

何度も行なう。

 

コーチングの最中にも

何度も行なう。

 

私のクライアントさんは、

私が

「ちょっとお待ち

くださいね」

と言いながら、

少しの時間、

目を閉じることを

皆、ご存知だ。

 

そして

それがコーチングそのもの

の展開を

大きく変えることも

日常茶飯事で、

 

皆、それを

当たり前のように

受け入れて

くださっている。

 

私はこういった

セルフコーチングを

誰もができるように

なるといいな、と

思っている。

 

別に

目を閉じなくても

いいけどね。

 

気づくことに

気づける力。

 

これは

人生を大きく

展開させてくれる。

 

つづく

 

この問いのおかげ

 

「永遠」

にも

「始まり」

がある。

 

皆さんの

「始まり」

とは

何だろうか?

 

これ、

自分自身に

問うてみてほしい。

 

「私の始まりとは

何だろう?」

 

一見すると

わけのわからない

問いを、

 

真剣に自分に

投げ続けるというのは

意義が深い。

 

問いの面白い

ところは、

 

答えが浮かばなくても

OKというところだ。

 

問いそのものが

心に残ればいい。

 

するとそれだけで、

日常における

様々な発想や視点が

変わり始める。

 

または、

 

ひょっとすると

上記の問いについて

すぐに答えが浮かぶ

人もいるかも。

 

そんな場合は、

それを「答えである」

決めないでほしい。

 

まだまだ先が

ある。

 

とか、

 

もっと深い答えが

私にはあるだろう。

 

という風に

捉え、

 

上記の問いを

投げ続けてほしい。

 

上記の問いは

実は

この3年間、

私が毎日自分自身に

投げ続けたものだ。

 

おかげで

随分とこの3年間で

私は進むことが

できた。

 

この問いの

おかげだな、

今日ふと思えたので。

 

皆さんにも

共有しますね。

 

つづく

 

世界の答えを

 

もし迷ったならば、

 

どうしても

答えが出ないならば、

 

「世界」に意識を

向けてみよう。

 

「世界」とは

外部、ということだ。

 

つまりは

自分の内側に籠る

のではなく、

 

意識を外へ外へ

向ける。

 

今自分がいる

「ここ」。

 

「ここ」という世界。

 

その全体に

意識を向け続けよう。

 

そして

「世界」を

全身で思う存分に

感じとろう。

 

その状態で

一日を過ごして

みるといい。

 

日常を

過ごしてみるといい。

 

これをすることで

私達は

「我」

という範疇を超える。

 

いつの間にか

「我」を超え

「世界」そのものに

なる。

 

それが当たり前

の状態になって

 

初めて

 

自分の中から

浮上する「答え」が

ある。

 

その「答え」は

自分の内側に籠り

迷い続けて出す答えとは

 

次元が違う。

 

なぜ

答えが出ないか?

 

なぜ

迷い続けるか?

 

それは、

 

今のその次元とは

違う次元の答えを

自らが出そうと

しているからだ。

 

一つ上の次元の

答えを見つけようと

しているからだ。

 

それをするためには

「我」を脱ぎ捨てる。

 

「我」を超える。

 

それをするためには

「世界」に意識を

向け、

 

「世界」そのものに

なるしかない。

 

我は世界。

 

世界は我。

 

もうそんな時代

なんだな。

 

つづく

 

問う、問う、問う

 

自分自身の

エネルギーを

どう有効活用するか?

 

と言うことは、

 

時間を

どう有効活用するか?

 

ほぼイコール

だ。

 

つまり、

 

「タイミング」

 

だ。

 

人生も仕事も

タイミングで決まる、

 

と言っていい。

 

極端ではない。

 

真本音度合いが

高まる、

 

というのも、

それにより

人生のあらゆる場面

における

タイミングが合う

ようになってくる。

 

という効果が

まずはとても大きい。

 

つまりもっと

具体的に言えば、

 

『今、何をするか?』

 

を明確にすること。

 

そして

 

『今、何をしないか?』

 

を明確にすること。

 

これは

セルフコーチングの

基本中の基本でもある。

 

単純に言えば、

上記二つの問いを

常に

丁寧に

自分自身に

問い続けることだ。

 

私はこれを

一日中ずっと

やり続けている。

 

だから

ひょっとすると

一日で何十回、何百回

問うているかも

しれない。

 

問いというのは

面白いもので、

 

いつもいつも

問うていると、

 

「問う前に

答えが浮かび上がる」

 

ようになる。

 

それが要するに

「直観」

というやつだが、

 

直観とは

本来は

問い

が誘発させるものだ。

 

大事なのは、

頭で考えるのでは

ない、

ということだ。

 

自分自身が

まるで他人のように

 

自分自身に

問うていくのだ。

 

問うて、

 

答えが浮かび上がる

のを

 

待つ、

 

のだ。

 

これを丁寧に

やるだけで、

 

スッキリと

「今」

を大事にできるし、

 

今、やることに

集中できる。

 

それにより、

自分のエネルギーが

有効活用できる。

 

だから

エネルギーに

ゆとりが生まれる。

 

そして

いつも元気な状態と

なる。

 

すべては、

地道な

問いから、だ。

 

何でも

地道さが大事

なんだよな、結局。

 

つづく

 

発想の種

 

道を拓く力とは

何か?

 

問われたら、

 

様々な視点の

様々な答えが

あると思うが、

 

そのうちの重要な

一つとして、

私は

 

「自分自身の発想の

存在を知る力」

 

と答えるかな。

 

これ、

意味わかるかな?

 

私達の中に

生まれる

発想、って、

 

最初はほんの小さな

種みたいな

存在なんだよね。

 

まだ

「発想」にまで

なっていない。

 

言語化もできていないし、

イメージにも

なっていない。

 

最初は

ただの「感覚」でしか

ない。

 

「自分自身の発想の

存在を知る力」

とは、

 

その「感覚」を

掴む力ということだ。

 

つまりは、

 

あっ、

今、自分の中に

発想の種が生まれたぞ。

 

・・・と

感覚で掴む力だ。

 

これを研ぎ澄ますと

強い。

 

「感覚」の在処を

まずは心の中に

見出し、

 

その場所に

意識を向け、

 

イメージにも

言葉にもならない

その単なる「感覚」に

エネルギーを

与える。

 

そしてそれを

大事に大事に

育てるんだ。

 

するとその「感覚」は

だんだんと

実体を持ち始める。

 

最初はわずかな

存在感しかなかった

ものが、

だんだんと

そこにあるのが当たり前

くらいになってくる。

 

すると

そこに様々な刺激を

入れながら

それを育てる。

 

その刺激とは

「問いかけ」

だ。

 

「感覚」から始まる

その存在に

問いを投げていく。

 

するとその

「問い」を栄養に

しながら、

「感覚」は「実体」となり、

 

「実体」はしだいに、

一つのイメージや

アイデアと

なっていく。

 

そして

ある瞬間に必然的に

 

「気づき」

 

が来る。

 

あぁ、これをしよう!

 

こうすればいいんだ!

 

という

明確な発想となって

それは羽化する。

 

これが

道を拓いていく。

 

このように

「気づき」とは

必然的に育てられるものだ。

 

これをすることを

私は

セルフコーチングと

呼んでいる。

 

私達は

発想の宝庫だ。

 

しかし、

発想を自ら見つけ

育てることを

もっとした方がいい。

 

せっかく生まれようと

している発想だ。

 

生まれる直前から

生まれやすいように

手をかけるといい。

 

それが

セルフコーチングの

本質というものだ。

 

つづく

 

鎮めよう

 

目を閉じて、

静かに

じっと座ってみよう。

 

心が騒がしい

時は、

それ自体が

とても苦痛だ。

 

じっとして

いられない。

 

体が

ソワソワと動いて

しまうか、

 

心があーでもない

こーでもないと

様々な思考に

入ってしまうか。

 

もしそんな状態

であれば、

 

疲れている

証拠だ。

 

その状態では

残念ながら

良い判断や決断は

できない。

 

その状態での

選択は

必ず後悔を生む。

 

良い人生や

良い仕事を

続けるためには

 

自分自身の

状態管理は必須だ。

 

心身が健康で

あれば最高だが、

 

せめて

心だけでも

健康でありたい。

 

健康とは

静かなこと。

 

鎮まっている

状態。

 

そうなるためには

鎮まっていない

心の一つ一つを

 

あるがままに

見つめることだ。

 

何も評価せず、

何も判断せず、

何も解釈せず、

 

ただただ

一つ一つの心を

丁寧に観察する。

 

観察

だけでいい。

 

それ以上は

何もやらない。

 

「それ以上は

何もやらない」

という眼差しこそが

自分を癒してくれる。

 

最初は

時間がかかるかも

しれない。

 

でもそうやって

自分を鎮めたら、

 

静かな心の

底から、

 

自然に問いが

浮かぶはずだ。

 

その問いは

今の自分にとって

とても重要な

もの。

 

その問いの答えは

今の自分を

静かに変えて

くれる。

 

救ってくれる。

 

静かな中から

浮かぶ問いを

静かに迎えよう。

 

そして

静かに

答えを出そう。

 

これが

セルフコーチングの

基本だ。

 

つづく

 

問いと共に進もう

 

自分自身への

問いを持つということは

 

とても人生を

豊かにしてくれる。

 

たとえすぐに答えが

出なくても、

 

問いを持ち続けるだけで

人生は豊かになる。

 

逆に言えば、

 

自分の人生を

豊かにしてくれるような

問いを持つといい。

 

あなたは

今後の人生を

どんな問いと共に

進めて行きたい?

 

 

ちなみに、

今の私が常に

持ち続けている問いは

こうだ。

 

「始まり」は

どうすれば

始まるか?

 

・・・変な問いだと

思うかな。

 

これ、

私の人生を

メッチャ豊かに

してくれる。

 

つづく

あとは答えを待とう

 

頭で

考え過ぎだ。

 

考えることは

大事だ。

 

しかし

「考え」だけで

答えを創り出そうと

しない方がい。

 

そこには

「答え」はない。

 

「考える」とは

余分な気持ち達を

一つ一つ

存在承認しては

 

除ける

ためにある。

 

こんな考えも

あるな。

あんな考えも

あるな。

 

自分の中にある

様々な「考え」を

すべて掘り起こし、

存在承認し、

 

そして

除ける。

 

それが

「考える」という

行為だ。

 

真の答えは

その奥にある。

 

「考え」の

向こう側にあるからだ。

 

奥にあるそれが

顔を出すまで

考え続ける。

 

というスタンスであれば

それでいい。

 

「考え」の中から

強引に答えを

創り出そうとしては

ならない。

 

真の答えは

最初からある。

 

それは

いずれ必ず

顔を出す。

 

まるで

過去の出来事を

思い出すかのように。

 

だから、

 

もし「考え尽くしたな」

と思えたり、

 

同じ考えばかりが

出てくるようになったら、

 

今度は逆に

心を静かに、

 

すべての思考を

やめて、

 

「何もない」

状態で

「何もしない」

でいるといい。

 

そのためには

思考に向けた意識を

「外」に向けると

いい。

 

意識を

自分以外の何かに

向ければいい。

 

外にあるものを

ただ

観察し、

 

目で愛でていれば

いい。

 

世の中を

世界を

愛でるような眼差しで

楽しめばいい。

 

そうやって

真の答えが

「そろそろ出ようかな」

となる瞬間を

 

待てばいい。

 

つづく

 

見えなかったはずだ

 

人はあえて

霧の中に

迷い込むことが

ある。

 

迷い込むこと自体は

苦しいことだが、

 

しかし

それをしなければ

手に入らないものも

ある。

 

それがわかっている

から、

私達は無意識的に

かつ意図的に

 

霧の中に

迷い込む。

 

自覚していたか

どうかは

別として、

 

あなたも

しばらく

霧の中にいたはずだ。

 

大事な何かが

わからなく

なっていたはずだ。

 

そして

あなたはそこから

今、

出ようとしている。

 

もしくは、

すでに出られたかも

しれない。

 

そこで

問おう。

 

 

「あなたが見えなく

なっていたものは何?」

 

そして

 

「それを経て、

あなたは改めて

何を発見した?」

 

 

真摯に

自分自身に

問うてみよう。

 

つづく

 

今だからこその問い

 

今回は

問いを一つ。

 

今のこのタイミングで

この問いを投げることは

 

かなりのインパクトに

なるかもしれない。

 

そんな問いだ。

 

難しい問いだが、

ぜひ

魂を込めて

この問いと

向かい合ってほしい。

 

今だからこそ。

 

 

『私の人生のゴールは

何だろう?』

 

 

答えは出なくても

良いので、

自然に浮かぶキーワードを

拾ってみよう。

 

キーワードは

毎日の宝

としてください。

 

つづく

 

ずっと反対し続けた

 

いつもあまりに

当たり前のように

やっていること

 

だからこそ

 

気づかない

ことがある。

 

今日、私は

一つ気づいたこと

がある。

 

人生、

半世紀以上過ぎて

初めて気づいた。

 

私は

自分の心の中で

いつも

ディベートを

し続けてきた。

 

ということを。

 

人生にとって

大事なこととか

そうじゃないこととか

関係なく、

私の中には

必ず

反対者が生まれる。

 

自分の意見に

異を唱える自分だ。

 

その自分は

自分のしようとする

判断に、

ずっと評論家的な

突っ込みを

入れ続ける。

 

ある重要テーマに

ついては

下手をすると

一日中、

もしくは何日も、

やり続けているかも

しれない。

 

これ、

めっちゃ疲れる。

 

時にはその

反対者は

自分をボロクソに

責め落とす。

 

しかし

それでもその

反対意見に

私はさらに

反論を続け、

 

ある一定以上に

それが続くと、

 

自分の中に

言いようの知れぬ

納得感と

完了感が

生まれる。

 

すると私は

水を得た魚のように

その判断を

行動に移す。

 

・・・ということを

私は人生で

ずっとやり続けていた

ようだ。

 

恐らく、

幼少の頃から。

 

でもこれ、

納得は得られるが、

本当に疲れる。

 

下手をすると

自分の中の

ディベートにエネルギーを

取られ、

 

肝心の

目の前の現実が

疎かになることも

多かった。

 

私の人生の失敗の

多くは、

ここに原因があった

ようにも思う。

 

だから私は

いつしか、

 

もっと楽に

ディベートはできないか?

 

もっと楽に

自問自答は

できないか?

 

もっと早く

納得の答えは

見つけられないか?

 

ということも

知らず知らずのうちに

探究し続けたのだと

思う。

 

恐らく、

その過程の中で

発見したのが、

「真本音」

という存在であり、

 

「セルフコーチング」

の各種手法だ。

 

最近私は、

セルフコーチングの

ことを

 

『直観型自問自答』

 

と呼んでいる。

 

自分の直観を

(確信の答えを)

いかに早く

掘り起こすか?

 

いかに楽に

掘り起こすか?

 

こそが

セルフコーチングの

肝だと思うからだ。

 

この手法は、

自己内ディベートで

苦労し尽くした

私だからこそ

生み出せたものかも

知れないな、と

 

今日、ふと

気づいたんだ。

 

であればやっぱり

もっと本格的に

世の中にご紹介した方が

良いのかな、とね。

 

つづく

 

次元を変えてみよう

 

皆、

答えがほしい。

 

答えがわかれば

道がわかる。

 

間違わずに

道を進みたい。

 

だから

答えがほしい。

 

しかし、

今、どれだけ

考えても考えても

答えが出ないので

あれば、

 

今、どれだけ

試行錯誤して試行錯誤して

それでも答えが

出ないのであれば、

 

次元を変える

しかない。

 

次元を変えるとは、

喩えて言えば、

この地球上から

抜け出るようなもの

である。

 

例えば

地球上でどれだけ

旅をしても、

何年旅をしても、

 

地球上での旅は

地球上での旅だ。

 

どれだけ経験を

積んでも

同じ地球上での

経験だ。

 

同じ次元での

経験だ。

 

次元を変えるには

宇宙に旅立つしか

ない。

 

宇宙に出て、

地球よりも巨大な

自分となり、

 

自分の掌に

地球を乗せる。

 

それくらいの状態に

なれて

次元が変わった

と言えるのだ。

 

今、

あなたは

超巨大化し、

 

あなたの掌に

地球がある、

イメージしてみてほしい。

 

地球をじっと

見つめてほしい。

 

その地球を

ただのイメージだとは

思わずに、

 

本物の地球、

実在の地球が

掌にあると

思えるくらいの状態で、

 

「この地球には

何が必要か?」

 

問うてほしい。

 

そしてあなたなりの

真剣な答えを

一つでも見出してほしい。

 

ここまですると

ひょっとすると

次元の異なる発想が

一つ出るかもしれない。

 

もしその発想が

出たとしたら、

 

しかしそこで

終わってはならない。

 

今度は、

「ここ」に

地球上に

戻って来ねばならない。

 

そして、

先程の発想を得た

あなたとして、

 

「では私は

今日、何をしようか?」

 

問うてほしい。

 

もしくは、

 

「私の欲しかった

答えは

何だろうか?」

 

問うてほしい。

 

どれだけ次元を

変えても、

「今ここ」に

戻らねば意味はない。

 

高い次元の発想を

得たら、

必ず、

 

「今ここ」と

結ぶこと。

 

日常の自分と

結ぶこと。

 

自分の次の一歩

現実の一歩

結ぶことだ。

 

なぜなら私達は

「ここで」

生きているのだから。

 

つづく

 

集中力回復

 

集中力が

続かない時は、

 

外に意識を

向けよう。

 

自分の内側に

入ることで

私達は心のモヤモヤに

捕らわれていく。

 

そしてさらに

集中力が続かなく

なる。

 

外に意識を

向け、

「世界」

とつながろう。

 

「世界」とは

自分以外の

あらゆるものだ。

 

自分の周りに

見える

あらゆるものを

観察しよう。

 

ありありと。

 

すべてを細かく

見つめよう。

 

そして

だんだんと視界を

大きく大きく

広げていこう。

 

自分の内側から

完全に意識が外に

脱出できたら、

 

今度は

観察だけでなく、

「感覚」も

外に向けよう。

 

目で意識を向ける

だけではなく、

全身で

意識を外に

「世界」に

向けよう。

 

しばらくそうしていると、

「自分」と

「世界」の

区別がつかなくなって

くる。

 

それが「世界」と

つながった状態だ。

 

「自分」と「世界」が

一つになった状態

とも言える。

 

すると、

自分の内側とか

外側とか

それすらも

わからなくなる。

 

というか、

そんなこと

どうでもよくなる。

 

そうなれたら

完了。

 

自分は

もとの自分であり

本来の自分に

戻れているはずだ。

 

真本音が

出やすい自分

だ。

 

そこから

仕事の再開だ。

 

つづく

 

3つの問い

 

今回は

問いを3つ

投げよう。

 

ちょっと遊び感覚で

答えてみよう。

 

 

問1

あなたが今後、

最も活用したい

自分の最大の能力は?

 

続いて、

 

問2

もしその能力が

ゼロになってしまったら、

それでもあなたが

目指したいものは?

 

そして最後に、

 

問3

問2の答えを実現する

ために

問1の答えを活用する

としたら

今から何ができる?

 

 

いろいろ

発想を楽しんでね。

 

つづく

 

自分の声を聴き切る

 

今回は

セルフコーチングの

やり方を一つ

ご紹介しよう。

 

私達は、

 

あーでもない

こーでもない

 

頭の中でグルグルと

同じ悩みについて

考え続けてしまうことが

ある。

 

決して答えが

出ない悩みであっても

それをしてしまう

時がある。

 

そのグルグルから

抜け出せなく

なっているときに

有効な方法だ。

 

・・・・・・

 

まずは、

 

あーでもない

こーでもない

 

と言い続けている

自分を何人か

特定する。

 

悩んでいる

ということは、

何人かの自分が

心の中にいて

 

それぞれの自分が

言い合いを続けている

ということだ。

 

答えの出ない

言い合いとか

話し合い。

 

そこには何人の自分

がいて、

それぞれ

何を主張しているのか?

ざっと把握するといい。

 

大雑把に言って

最低でも二人。

 

細かく見ていけば、

5〜6人以上の自分が

いるかもしれない。

 

それぞれの自分は

それぞれの意見を

持っている。

 

「こうしたい」

とか

「こうすべきだ」

とか。

 

もしくは

「これはしたくない」

とか。

 

私達の悩みの

答えの出ない時の

多くは、

 

それぞれの自分が

割り込み割り込み

話をし続けるからだ。

 

例えば、

Aを主張している自分が

心の中で声を上げている

その最中に、

途中から

Bを主張している自分が

割り込んでくる。

 

そして

Bが喋り始めると

CやDや、

さっきのAや、

 

やはり他の自分達が

割り込んでくる。

 

で結局

大勢の自分達が

声を張り上げ続け

収集がつかなくなるのだ。

 

だから、

一人ひとりの自分の

声を、

一人ずつ丁寧に

 

「聴き切る」

 

のだ。

 

例えば、

まずはAを主張する

自分の声を聴く。

 

B以下の他の自分達

には

少しの間、離れていて

もらう。

 

その自分は

なぜAを主張するのか?

 

Aを選択するのには

どんなメリットや

目的・欲求があるのか?

 

そういったことを

じっくりと耳を傾けて

聴き切るのだ。

 

可能であれば、

Aを主張する自分の声を

すべて

紙に書くといい。

 

B以下の自分が

途中で割り込んできたら、

 

「後でしっかり聴くから

しばらく退いていて」

 

とお願いする。

 

そして、

Aの主張をしっかりと

聴き切ったところで、

次は

Bを主張する自分の声

を聴く。

聴き切る。

 

これを

順番に丁寧に

やり切るのだ。

 

しっかりやれば

メチャクチャ

すっきりする。

 

要するに

モヤモヤの多くは

自分自身が

自分の声をしっかりと

聴き切っていない

ことによる。

 

そして

すべてを聴き切ると、

その直後に

 

「では、本当は

どうすればよいか?」

 

「今回はどうすることが

最善の選択か?」

 

瞬時に浮かぶことも

ある。

 

この方法は

昔はよく私は

社長さんのコーチングで

使った。

 

時間はかかるが

これでかなり

すっきり経営判断された

人も多かった。

 

人の話も

聴き切ることは

大事なのだが、

 

自分自身の声も

聴き切ることは

大事なんだよね。

 

つづく

 

熟成を待て

 

ふと浮かんだ

発想。

 

イメージ。

 

キーワード。

 

そして、

言葉にならない

感覚。

 

それらが

浮かぶことは

実に素晴らしいことで、

 

それらは

すべて宝物だ。

 

ところが私達は

そういったもの達が

浮かぶと、

 

すぐに解釈に

入ってしまう。

 

ちょい待って!

 

言いたくなる。

 

「解釈」は

もっと後でいい。

 

浮かんだものは

「そのまま」で。

 

何も加えず

何も引かず

 

ただそのまま

放置しよう。

 

宝物があるな、と

自覚したままで

放置しよう。

 

まとめる必要も

ない。

 

分類分けも

しなくていい。

 

何もしない。

 

ただそのままで。

 

これが最も

効果の高い

熟成の仕方だと

私は思う。

 

「熟成」を

自然の摂理に

任せてしまう。

 

なるがままに

任せてしまう。

 

するとある瞬間に

それらは勝手に

動き出す。

 

もしくは

私達を

動かせてくれる。

 

それは多くの場合、

「気づき」

として顕在化する。

 

それまで

待てるかどうか。

 

ここが

ポイントだね。

 

つづく

 

静かに問おう

 

今日はシンプルに

一つの問いを

投げよう。

 

とは言え、

だいぶ難問かも。

 

いつものこと

だけど、

 

すぐに答えが

浮かんだからと言って

満足しないで。

 

それはまだ

表層の答えでしか

ないから。

 

答えは

無限にあなたの

奥から

掘り起こされるかも

しれないよ。

 

では、問いです。

自分自身に問うてね。

 

 

『私が

永遠にやり続けたい

たった一つのことは

何だろう?』

 

 

あなたの中には

思いもよらぬ答えが

多分、

新たにできているよ。

 

つづく

 

今、大事な問い

 

今また

大事な問いが

ある。

 

それを

今のあなたに

投げよう。

 

 

『今のあなたが

見つめている未来は、

何年何月何日の未来?』

 

 

例えば

私であれば、

 

この問いを

自分に投げると、

 

2039年7月29日の未来

 

という

答えが浮かぶ。

 

そうしたら、

その未来に意識を

向ける。

 

向け続ける。

 

すると何か

浮かぶイメージが

あるかもしれない。

 

イメージはなくとも

何かの気づきや

発想や

メッセージのようなものが

あるかもしれない。

 

それらを得ることが

できたら

それらを大事にするが、

 

何も得られなかった

としても

問題はない。

 

大事なのは、

今のあなたは

その未来に

意識を向け続けると良い

ということだ。

 

そこに常に意識を

向けながら

一日を過ごしてみて

ほしい。

 

「今の自分」

からは得られない

何かを

得られるかもしれないよ。

 

つづく

 

何物かと共に問うてみる

 

目を閉じて、

 

私は今、

どこにいるのだろうか?

 

問うてみる。

 

そして

「世界」を感じて

みる。

 

意識を外へ外へ

大きく大きく

広げていく。

 

イメージではない。

 

ただ、

あるがままを

実感する。

 

すると、「世界」では

今まさにこの瞬間に

様々なものが

うごめいている

ことがわかる。

 

うねったり

ぶつかったり

ひしゃげたり

 

ひっついたり

一つになったり

離れたり

 

様々な動きの中で

しかしそのさらに

大きな何かが

 

「世界」のすべてを

包んでいることが

ある瞬間にまた

ふっと

わかる。

 

その大きな「何か」に

意識を向け続けると、

 

「自分」と「世界」の

区別が

わからなくなってくる。

 

その大きな「何か」

とは

自分自身ではないか、

とさえ

思えてくる。

 

でもある意味

きっとそうなのだろう。

 

とてつもなく大きな

自分が

「世界」を包み、

 

その「世界」が

小さな自分を

包んでいる。

 

でも結局は

大きな自分と小さな自分は

同じ自分で、

 

その中に「世界」

はあり、

 

そして結局は

「世界」も「自分」

なのだ。

 

ということが

感覚として

理解できる。

 

それを自覚した時、

 

その瞬間に

その大きな自分を

さらに大きく包み込む

何物かの存在を

感じるのだ。

 

その存在は

私や世界に

ありとあらゆるエネルギーを

常に

与えてくれている。

 

そしてそのエネルギーを

私はその何物かに

返している。

 

つまり、そこには

循環が生じている。

 

エネルギーの

循環だ。

 

これがある限り、

私達は生きていける

思う。

 

そして

この循環をさらに

大きく深くしていくのが

私達の存在の意味

なのだと、

 

それも何故だか

確信としてわかる。

 

そんな

エネルギー循環を

感じながら、

 

大きな自分も

小さな自分も

 

そして「世界」も

 

すべてを

感じながら、

 

問うてみる。

 

私は今、

どこにいるのだろうか?

 

そして私は今、

ここで

何をしようと

しているのだろうか?

 

その「答え」が

今日を生きる

指針となる。

 

つづく

 

もう一つの難しい問い

 

昨日に続いて

今回も難しい問いを

ご紹介しよう。

 

これも

私自身が常に

自分自身に投げ続けている

問いであり、

 

昨日の問いと

セットで投げ続けると

良い。

 

 

『私は、自分自身との

どんな約束を果たすために

この人生を生きている?』

 

 

私は今でもずっと

この問いと共に

生きているな。

 

つづく

 

真剣な人にこそ効く問い

 

自分自身に対して

あえて

とても難しい問いを

投げ続けることも

私はオススメする。

 

すぐには

答えられない問い。

 

たとえ答えが出ても、

さらに深く

さらに「本当の」

答えが

まだまだ眠っていそうな問い。

 

そういった問いは

同じ問いを

毎日のように

連続して投げ続ける

ことが大事だ。

 

今回は、

私が私自身にいつも

投げ続けている問いを

一つご紹介する。

 

下手をすると

24時間ずっと

投げ続けている日も

あるような気もする。

 

 

『もし私が完全に自由

であるならば、

私は一生をかけて

何を生み出し続けようか?』

 

 

こういった難しい問い

と、

死ぬほど真剣に

向き合い続けると、

 

セルフコーチング力は

高まるよ。

 

つづく

 

答えが出そうだ

 

あぁもうすぐ

とても大事な

答えが出るな。

 

この仕事をしていると

その予兆が

ありありと

わかるようになる。

 

「答えの存在感」

というやつだ。

 

答えの中身は

わからない。

 

しかしその存在と

その濃さ、強烈さ、

などは

よくわかる。

 

もちろんそういった

答えは重要だし、

 

その答えの中身を

知ることは

その後の人生や

ビジネスを

根底から大きく揺さぶる

ことになるだろう。

 

そんな

「答えの存在感」

今、私はとても多くの

人達に感じる。

 

多くの人が

今後の人生を左右する

ような

そんな答えを

もうすぐ見出そうと

している。

 

ちゃんと

見出せるといいな、

願う。

 

できれば

最善のタイミングで

見出せればいいな

と。

 

答えを自覚する

ために必須なこと、

 

それは

間違いなく

 

「問い」

だ。

 

答えの前には

問い、

あり。

 

その問いに

自ら気づけなければ

答えには永遠に

たどり着けない。

 

だから

こんな時に本当に

思うのだ。

 

皆、

セルフコーチング力が

必要だ、と。

 

セルフコーチング力

とは、

自らに問う力

だ。

 

自問自答力だ。

 

これはやはり

人生を変える。

 

必要な答えが

必要な瞬間に

手に入るかどうか。

 

これが

人生を決定する。

 

これはもう

断言しても良いだろう。

 

あなたの中には

今、

どんな問いがある?

 

自分の中の問い

必死になって

見つけ出した方が

いい。

 

特に今は、ね。

 

今は

一日中、

自分自身に問う

と良い。

 

私の中の問いは何か?

 

私の中の問いは何か?

 

・・・と。

 

24時間、やり続ける

くらいがいいよ。

 

今はね。

 

つづく

 

荒れてるんだよ

 

人の感情は

よく荒れる。

 

「いや、私は荒れない」

と言う人も

いるが、

 

いやいや、

 

それは

荒れていることに

気づいていないだけ。

 

・・・と

あえて断言してしまっても

いい。

 

台風が来たら

海が荒れるように、

 

何か出来事があれば

私達の心は

ちゃんと荒れるように

できている。

 

そう。

 

荒れることが

「健康」だ。

 

決して悪い

ことではない。

 

大切なのは

荒れているその心を

自覚していること。

 

ちゃんと

見つめていること

だ。

 

それができれば

私達は

自分を自分で

コントロールできる。

 

コントロールできない

のは

しっかり最後まで

見つめていないからだ。

 

私のクライアントは

社長さんが多い。

 

すると「経営」を

しなければならないので、

そりゃもう

荒れるに荒れる。

 

しかし

その「荒れ具合」を

見つめないままに

先に進もうとする人も

多い。

 

そうすると必ず

どこかで

すっ転ぶ。

 

見つめないから

すっ転ぶ。

 

だから社長さんほど

私は

セルフコーチングを

しっかりとやっていただく。

 

それにより

ほとんどの人が

 

荒れること自体は

なくならないが

 

荒れても大丈夫な

状態となる。

 

どれだけ荒れても

静かに粛々と

進むことができるように

なる。

 

その方が間違いなく

実績につながる。

 

何度もくどいようだが、

 

見つめないから

足を取られる。

 

見つめるから

コントロールできる。

 

この単純明快な

原理を

 

私達はもっと真摯に

受け止めよう。

 

人間として。

 

つづく

 

もつれた気持ちは観察しよう

 

心が混乱している

時は大概、

 

心の中で

いろんな「糸」が

絡み合っている場合が

多い。

 

そんな時は、

「糸」を一本一本丁寧に

見つめると良い。

 

つまりは、

一つ一つの気持ちを

見つめるといい。

 

混乱の原因は、

一本の「糸」を見つめる

その途中で、

次の別の「糸」に

意識が移ってしまう

からだ。

 

意識は

次から次へと

様々な「糸」を渡り歩き、

そのうちに

わけがわからなくなる。

 

そうならないためには

ちょっと我慢しながら

一本を

しっかりと理解し切るまで

観察する。

 

あぁなるほど。

この「糸」は

こんな想いがあるの

だな。

こんな願いが

あるのだな。

こんなことを大切に

しているのだな。

こんなことを恐れて

いるのだな。

こんなことが不安

なんだな。

 

だからこの「糸」は

ここに存在しているのだな。

 

・・・と、

その存在理由までもが

しっかりわかれば、

「糸」は落ち着く。

 

落ち着いたら

次の「糸」の観察に

入る。

 

ちょっと面倒だが

結局は

これをしっかりやることが

最短の道だ。

 

そして

すべての「糸」を

見つめ終えたら、

 

たくさんの「糸」達が

もつれるのではなく、

並んで整然と

自分の前にあるのが

わかるだろう。

 

「糸」と「糸」の

区別がついている

状態だ。

 

それでOKだ。

 

あとは「糸」達を

どうこうしようなどとは

思う必要はない。

 

「糸」達は

そのままに。

 

その上で純粋に

自分自身に

問えばいい。

 

「本当は私は

何をしたいのだ?」

 

と。

 

すると、

「糸」達に捕われない

純粋な

真本音の答えが

浮上する。

 

浮上したら

その真本音の気持ちを

「糸」達に

伝えれば良い。

 

すると「糸」達は

勝手にあなたに

協力してくれる。

 

それが

「糸」達(=反応本音)と

真本音の

関係だ。

 

つづく