反応

やはりこれが原理原則だ

 

もう

何度も何度も

言い続け、

そして

書き続けてきた

ことであるが、

 

苦しいことを

苦しい、

感じることは

健康的である。

 

辛いことが

あれば、

辛い

と感じ、

 

悲しいことが

あれば、

悲しい

と感じ、

 

怖いことが

あれば、

怖い

と感じる。

 

イライラする

ことがあれば、

そのまま

イライラ

すればいい。

 

それらは

すべて

健康的だ。

 

感じていることを

そのまま

感じることこそが

健康的だ。

 

ただし、

「感じている」

こととは

つまり、

「反応している」

ということ。

 

その

「反応」

に対して、

「反応」

で返しては

ならない。

 

そこには

明確な自分自身の

「意思」

が必要だ。

 

そして

その「意思」

とは、

「真本音の意思」

であることが

重要だ。

 

何を感じても

いい。

 

何を思っても

いい。

 

ただし、

次の自分の

言動の

すべては、

 

選択の

すべては、

 

真本音の意思

によって

為されるもの。

 

という

生き方ができれば

人生が本当に

楽になる。

 

反応によって

生まれる意思も

あるが、

それは本来の

意思ではない。

 

それは

意思のふりをした

幻影であり、

いつかは必ず

消えていくもの。

 

いつかは必ず

消えていくものに

基づいて

次の一歩を決めて

しまうからこそ、

 

私達は

後悔をするし、

次の苦しみを

生み出して

しまう。

 

本当の

意思。

 

本来の

意思。

 

それに基づいて

次の一歩を

決める。

 

人生も

仕事も

すべて

そうする。

 

その生き方が

できると

いい。

 

それができれば

すべては

調和する。

 

組織も

社会も

調和していく。

 

そしてその

調和こそが

進化を生む。

 

やはり

これがすべての

原理原則だ。

 

つづく

 

あなたの魂は怒ってませんか?

『反応本音』。

 

・・・真本音に対する言葉として

私はよく使います。

 

外からの影響により、

その反応として

出来上がる私達の心。

 

それが反応本音です。

 

反応として

出来上がりますので、

それは基本的には

弱いものです。

 

不安定です。

 

しかし、これは

私達の心の表面に常に

現れ続けますので、

反応本音そのものを

自分である、

という認識をしている人が

多いです。

 

もしくは、

反応本音のパターンを

「これが私である」

と思い込んでいる人も。

 

ただ、

いつもこういった書き方を

しますので、

反応本音は良くないものだ、

とか、

薄っぺらいものだ、

とか、

レベルの低いものだ、

とか、

そんな印象を持ってしまうかも

しれませんね。

 

ですからあえて申しますが、

反応本音とは

私達人間にとって

なくてはならないものであり、

宝でもあります。

 

反応本音があるが故に

私達は

人としての幸せを

感じることができます。

 

反応本音があるが故に

現実とより深く

関わり合うことができます。

 

反応本音があるが故に

真本音が活きる

のです。

 

もともと

反応本音とは、

現実世界において

真本音で生きやすいように

という目的のために

私達の真本音が自ら

発生させているものです。

 

私達は

真本音のみでは

この現実世界は

生きられません。

 

真本音と反応本音の

コラボによって初めて

生きる(活きる)ことが

できます。

 

ちょっと

わかりづらいですか?

 

ではあえて、

反応本音を「心」、

真本音を「魂」、

という言葉に

置き換えてみます。

(本当はちょっと短絡的な

置き換え方ですが。)

 

私達はこの現実世界では

魂のみでは

生きられないのです。

 

魂と心が

結びついて初めて

この世での

成長が成り立ちます。

 

今、目の前に一つの

現実があり、

その現実に対して

「どのような心で

関わって行こうか?」

を魂が決めるのです。

 

つまり、

魂が上司で

心が部下のようなもの

ですね。

 

魂が心を

活かすのです。

 

つまり、

真本音が

反応本音を活かす

のです。

 

反応本音は、

現実世界における経験によって

次々に生み出されます。

 

つまり、

経験を積めば積むほど

反応本音のバリエーションが

増えます。

 

その増えたバリエーションの中で

「今回は、どの反応本音に

活躍してもらおうかな」

ということを

真本音が決めるわけです。

 

つまり、

真本音と反応本音は

セットなのです。

 

それが

本来の姿です。

 

ところが、

反応本音が増え過ぎると

私達は

肝心要の真本音を

忘れてしまいます。

 

自分自身の真本音を

無視するように

なってしまいます。

 

すると、

真本音のないままで、

もしくは、

真本音にフタをした状態で、

反応本音のみで

現実に関わるようになります。

 

それにより、

現実も自分自身も

おかしなことに

なっていきます。

 

本来は

真本音と反応本音はセット

なのに、

真本音を忘れて

反応本音のみで

生きてしまう。

 

言い換えれば、

本来は

魂と心はセットなのに、

魂の意思を忘れて

その時その時の心の意思

のみで生きてしまう。

 

それにより、

その人の人生の一貫性は

失われ、

いったい何のために

自分は生まれてきたのか?

何のための

人生だったのか?

を忘れた状態で

ただただ惰性で生きていく、

ということになります。

 

その状態を実は、

最も嫌うのが

私達の真本音であり、

魂です。

 

ですので、

真本音(魂)は怒ってしまいます。

(喩えです。)

 

怒ってしまった結果として

真本音(魂)は

隠れてしまいます。

(これも喩えです。)

 

それにより、

「中心」を失った私達は

非常に不安定となります。

 

ストレスも

大量発生します。

 

残念ながら、

そういった状態になっている人が

とても多いのが

今の世の中です。

 

「中心」がないのは

とても不安であり

不安定ですので、

私達はとりあえずの「中心」を

無理矢理に自分に

設定します。

無意識に。

 

その多くは

反応本音による「中心」です。

 

本来は

真本音が「中心」に

来るはずなのですが、

それとは別の「中心」を

無理矢理に「中心」と

してしまうのです。

 

それでますます

真本音(魂)は怒り、

ますますストレスが発生し、

ますます、

自分がわからなくなります。

 

それも、

今の世の中の多くの人の

傾向です。

 

ですから、

「中心」を本来のものに

戻さなければなりません。

 

きちんと、

自らの真本音に

「中心」になってもらうのです。

 

それにより初めて、

私達は

「本来の自分」

を取り戻します。

 

逆に言えば、

「中心」を本来に戻さずして

私達に安定は

訪れません。

 

本来の「中心」ではないままで

自分を変えようとしても

それは難しい相談です。

 

たとえ自分が変わったとしても

本来の「中心」でないならば、

どのような自分に変わっても

不安定さは変わりません。

 

真本音中心の自分に

戻ること。

 

それにより、

あらゆる反応本音達も

生きて(活きて)きます。

 

自分自身が

活きて来るのです。

 

ですから私のサポートは

まずは

「中心を変える」

つまり、

「中心を真本音に戻す」

ところから始まります。

 

そこから始めるのが

最も簡単で、

最も楽だからです。

 

つづく

 

私達の心には二つの本音がある

このブログでよく書かせていただいている言葉

『真本音』

について、改めてご説明しましょう。

 

真本音とは、私の造語なのですが、私が頭をひねくり回して

作った言葉ではありません。

 

お客様と向き合う中で、自然と生まれた言葉です。

 

その真本音と同じように、ある研修中にふと生まれた言葉として、

『反応本音』

というのもあります。

この二つを合わせてご説明します。

 

まず単純に言って、

私達の心は、二つに分けることができます。それが、

・真本音

・反応本音

です。

 

真本音とは、本当の本当の本当の本音です。

自分の中で、何があっても揺るがないもの。

どのような環境にいても、どのような状況に見舞われても

揺るがないもの。

その多くは、「願い」という形で心の中心に存在しています。

 

それに対して、反応本音とは、

外部からの様々な働きかけによって発生する

私達の心です。

「本音」という言葉がついていますので、あくまでも

建前ではありません。

その時その時の、本当の気持ち。

でも、それは外部からの影響によって、

その反応として創られています。

そのため、外部環境や状況が変わることで変化する

可能性は高いです。

 

一般的に反応本音は心の表面に現れやすいので、

それが「自分の本音である」と認識されやすいです。

 

そして、反応本音の出方は、その人その人によって

パターン化されやすいので、いつも同じパターンを

繰り返していますと、そのパターンそのものを

「私である」

と思い込みます。

 

つまり、多くの人達は、

「反応本音のパターン」を、「自分自身である」

と思い込みます。

で、そのパターンを繰り返すことで人生を進めます。

 

しかし私達の心の中心には真本音があります。

しかしそれは、なかなか表には出てきません。

 

自分自身の真本音を見つけ、

真本音に素直に行動することで、

その人は、これまで自分が創り上げた反応本音のパターンを

超えて、

本来の自分として生きることができるようになります。

 

反応本音は、外部環境によって創り上げられてますので、

外部環境によって揺らされます。

しかし、真本音にはそれがありません。

 

その結果、真本音に素直に生きる人は、

自分の本当に望んでいるものを実現します。

 

反応本音のみに生きる人は残念ながら、

外部環境に揺らされながら生き続けることになります。

 

どちらが幸せな人生か?

は明白ですね。

 

ちなみに、

真本音と頑固、

真本音とわがまま、

真本音と独りよがり、

は本質的に異なります。

 

真本音で生きることは、独りよがりに生きることに

なりませんか?

とよく問われますが、全くの逆です。

 

私達は真本音で生きれば生きるほど、

周りとの調和性も高まるのです。

 

なぜそうなのか?については、

このブログで徐々に明らかにしていきますね。

 

さて。

真本音にはもう一つの特徴があります。

 

それは、

ある人が真本音の想いを述べたり、

真本音の生き方を見せることで、

他の人の真本音を喚起させることができる、

ということです。

 

つまりは、

真本音度合いの高い人のそばにいる人は、

真本音度合いが高まるのです。

 

ここで平井さんのお話に戻りますが、

平井さんの狙いは、そこでした。

 

平井さんは、社長の真本音を

社員の皆さんに示したいと思ったのです。

(→前回記事)

そのためにまずすぐにできる方法として、

社長の真本音の想いを

社員さんに向かって語ってもらおうと思われたのですね。

 

しかし私が平井さんにご提案したのは、

それだけでは勿体ない、ということでした。

 

一人の真本音をぶつけるよりも、

二人の真本音の相乗効果を起こしませんか?

というのが、私からのご提案でした。

 

つまりは、

社長と平井さんの真本音コミュニケーションを

社員さん達の前で見せる、

ということを私はご提案したのです。

 

なぜなら、

真本音と真本音の相乗効果は凄いのです。

 

本当に、凄い!の一語に尽きるのです。

 

一人の真本音の想いと

もう一人の真本音の想いが

統合し、融合されることで、

それは2倍どころか、20倍、200倍、いや

時には2000倍といっても過言ではないくらいの

エネルギーを発揮します。

 

それが、社長と平井さんであれば可能であると

私は思ったのです。

 

そしてそれは大当たりしました。

 

つづく