2026年 9月 の投稿一覧

実を結ぶ努力とは

努力は
実になる。

100%の
努力で
あれば。

もし
99%の
努力なら、

実になる
確率は

一気に
減る。

98%で
あれば
さらに
一気に減る。

努力したのに
報われない、
という場合の
原因は

ほとんど
が
これだ。

・・・・・・

努力
という言葉は、
多くの場合、

やりたくない
ことでも
頑張る

時に使う。

本当に
やりたいこと
であれば、

本人に
とってはそれは
努力
という認識に
ならない。

自分は
努力してるなぁ!
と
思えるのは、

本当は
やらなくても
済むことなら
やりたくないが、
やる必要が
あるから
頑張っている、

という
時だ。

・・・・・・

世の中、

やりたいこと
のみを
やればいい、

なんてこと
には
ならない。

世の中、
というより
人生、
と 
言ってもいいが。

本当は
やりたくない
けど
100%の
努力ができる。

・・・これを
「努力力」
と
名付けよう。

実は先日、
この言葉を
ある社長さんが
思わず
使っているのを
聴いたのだ。

あぁなるほどね、
と
思ったんだ。

・・・・・・

99%の努力
は
本来の努力とは
言えない。

というのが
原則だ。

99%の努力
ができたと
しても、
それは
努力力がある
とは
言えない。

100%の
努力とは、

100%それを
今やると
決めること。
そして、
100%の集中を
すること。

何か別事を
しながら、
というのは
もちろん
100%には
ならない。

効率よく
何か別事を
しながら
継続すればいい、
という人が
いるが、

それでは
努力力は
つかない。

・・・・・・

そして、

100%やると
決めることと、
100%集中
するには、

自身の
真本音度合いを
高めるしか
ない。

そう。

決める、
とは
真本音で決める
こと。

反応本音で
いくら
勢いよく決めても、
それでは
100%には
ならない。

普段からの
生き方、

真本音で
生きる

ことこそ、
努力力に
直結する。

100%の
努力は
必ず
実を結ぶ。

必ずね。

つづく

やっと戻れた

1000mも
落ち込む
深い谷だ。

もし
足を
滑らせれば
真っ逆さま。

下を
覗き込む
だけで
ヒヤーッと
する。

しかし
意識のみは
一気に下降し、

谷底の
川の流れに
乗る。

その川は
激しく、かつ
青く美しい。

この流れに
委ねれば
どこまでも
行けそうだ。

・・・・・・

水中に
潜ると、

清らかさが
全身を
包む。

流れは
激しいの
だが、

あえて
ゆったりした
気分のまま
泳ぐ。

ただ流れて
いるだけかも
しれないが。

魚になった
気持ちで、

こここそが
私の
居場所だと
感じながら。

そして
ふと、

谷底を
覗き込んでいる
自分に
戻る。

また
ヒヤーッと
する。

・・・・・・

あなたの
覚悟は
決まったのかな?

と
声が響く。
頭の中に。

覚悟、
覚悟、
・・・そう
覚悟だ。

それを
問われて
いた。

まだちゃんと
答えて
なかったよ。

わりぃ、わりぃ。

覚悟、
多分、
もう、
あるよ。

覚悟なのに
「多分」は
ないだろう?

いや、
「多分」くらいが
ちょうどいい。

それくらい
冷静に
持てたんだ。
覚悟を。

・・・・・・

尖った刀の
突端の
ような
山のピークに
立ち、

宣言を
する。

ただいま、
戻りました。
すぐに、
出発します。

ようやく
帰宅。
そしてすぐに
未知の世界へ。

帰ったら
絶対に休もう
と
思ってたのに、

帰った途端、
休むことなんて
どうでも
よくなった。

それが
本来の私
だからさ。

轟くような
地鳴りが
聴こえる。

私の宣言を
聴いた
からだ。

皆が
散開し始めた
んだ。

ここから
すごい
展開だぞ。

皆に遅れず
私も
行こう。

つづく

この道を行けば

夏なのに
雪が降る。

普通では
決して
見られない
コントラスト。

灼熱の中
の雪。

熱い日差し
に光る。

それでも
雪は
すぐには解けず、
積もり続ける。

灼熱の雪原
に
足跡を刻む。

雪による
反射熱で
さらに暑い、
熱い。

灼熱地獄
とは
このことか。

私の意識は
溶けて
なくなった。

・・・・・・

未来への
無謀な
歩み。

それを
目指すのは
当然、
私だけでは
ない。

なぜ、
今のこの
時代に
生まれてきたか?

ほとんどの
人達には
共通の願いや
目的が
ある。

それに
気づいた者から
歩み始める。
その
無謀な道を。

その道には、
これまで
別個に存在
していた
ものが、
同時に現れる。

立ち向かいよう
のない
絶望感が
当たり前の
道。

それでも
行く。

なぜなら
その方向に
しか

出口は
ないから。

・・・・・・

実はそこに
一般的な
「成長意欲」は
ない。

つまりは、
着実に一歩ずつ
自身の力を
高めていこう、
とする意欲。

そういった
ものは
通用しない。

それよりも、
ただ
ひたすらに
目的達成を
目指すのみ。

果てしなく
遠い
目的なのに。

だから
常に
絶望と焦燥
の
塊となる。

が、
そんなものに
構っている
暇もなく。

自分の力が
あるとか
ないとか

そんなことは
どうでも
いい。

・・・・・・

種は
ある。

たくさんの。

ずっと
蒔いてきた
のだ。

その多くは
芽を出さずに
消えていく
だろう。

それでも
いい。

たった一つ
でも
生き延びて
くれれば。

これからも
種は
蒔き続ける。

と
同時に、

芽生えた
希望を
伸ばし続ける。

希望とは
人だ。

人とは
希望だ。

つづく

そろそろタイミングかな

余分なものが
剥ぎ取られて
いく。

いっそのこと
全部
なくなれば
いい。

もし
私という存在
そのものが
余分で
あるなら、

私自身が
ゼロになれば
いい。

それくらいの
開き直り
でいると、

初めて
わかることが
ある。

ゼロになる
恐怖を
誰もが
持っているが、

それと
向き合い
受け入れると
楽になる。

ゼロから
逃げる生き方
ではなく、

ゼロと
向き合う
生き方へ。

それを
わかりやすく
表現すると

「捨て身」
となる。

・・・・・・

湖面に
一滴の雫が
落ちる。

わずかな
波紋が
生じる。

わずかだが
消えない。

多くの人は
気づかない
が、
紛れもなく
それは
存在し続け、

広がり
続ける。

その「わずか」
を
連続的
持続的に
繰り返す。

すると
いつの間にか
その湖は

変質
している。

そして
同じ一滴でも
その効果が
何倍にも
高まる。

ますます
影響は
深くなる。

よーく目を
凝らさないと
わからない
変化。

そーっと
そーっと
しかし
着実に。

それが
これまでの
やり方だった。

・・・・・・

整った。

もう
この湖が
壊れることは
ないだろう。

であれば

そーっと
やる
という必要も
ない。

わかりやすく
波風を
立たせれば
いい。

むしろ
そのわかりやすさ
こそが
ここからは
必要だ。

バシャーン!
という
大きな刺激も
躊躇なく。

そして
そのためには
「捨て身」
が必要だ。

・・・・・・

捨て身の
生き方は
怖いかい?

守りに
入りたい
かい?

安定を
享受
したいかい?

そうも
言ってられない
世の中さ。

自分のため、
ではなく

次世代の
ために
なら

捨て身にも
なれるさ。

・・・・・・

今、
手元に
とても角張った
石がある。

これを
投げ入れる
のは
さすがに
ちょいと
きついかな?

と、
迷っている
ふりを
しながら、

虎視眈々と
狙っているよ。

その
タイミングを。

つづく

無理をしてでも

追い風の
感覚
は
あるだろうか?

背中から
前に
押し出される
ような。

その感覚
が
もし
あるならば、

行って
しまえ!

躊躇を
一瞬でも
すれば、

その
一瞬が
勿体無い。

こんなこと
できないよ、
と
自分の心が
呟いても、

それは
ちょっと横に
置いて、

躊躇なく
行こう。

・・・・・・

今、ここで
重要なのは、

楽観性
だ。

今は
楽観的に
行けばいい。

そのような
潮流だ。

とても
スムーズに
流れが
持続している。

それに
乗るかどうか、
は
勇気しだい
だ。

能力は
関係ない。

能力は
どうにでも
なる。

今は、
気概・気合
一つだ。

・・・・・・

たまには
イケイケどんどん
に
なっても
いいだろう。

多少
荒っぽく
とも。

修正は
あとでいくらでも
効く。

今は
進むことが
先決だ。

今、
進まねば
一生
進めない。

それくらいの
流れが
私達の
前には

実在
している。

・・・・・・

どうすれば
上手くいくか?
は
考えない
ように。

考えれば
濁る。
澱む。

純粋性が
失われる。

それは
チャンスを
逃すことに。

上手く
いかなくても
いい。

ただ
正面から
向かう。

純粋に
歩を進めれば
いい。

・・・・・・

行先は
見えなくても
いい。

見えないのに
ここに
ある種の
確信がある。

後押しを
感じる。

そのような
感覚だけで
充分だ。

感覚が
ないのなら
無理をする
必要はない。

が、

わずかでも
感覚が
あれば、

無理をして
でも
行ってしまおう!

つづく

容量オーバーでも

速く
進んでいる
ようでも、

こんなに
ゆっくり
だったのか・・・。

自分の
目指すゴール
から
今を観れば、

ほんの
ちょっとしか
進んでいない。

茫然と
しながらも、

しかし
諦めまい。

まだ
時間はある。
20年くらい。

でも本当は
あと50年くらいは
ほしい。

・・・・・・

最近、
仕事上の
イージーミスが
やたらと
増えている。

30年この仕事
をやってきて
初めての
状態だ。

わかっている。

容量オーバー
なのは。

基本的な
自己マネジメント
が
できなく
なっている。

わかっている。

もっと
ペースを落とした
方が
良いのは。

でも
それでは
間に合わなく
なるんだよ。

・・・・・・

なぜ私は
私の人生の
目的に
気づいてしまった
のだろう。

そうでなければ、
もっと
気楽に
生きることが
できたのに。

と、
時々ふと
思うよ。

でもそれは
心の内面での
ちょっとした
戯言だ。

ちゃんと
知ってるよ。

もし
自分の人生の
目的に
気づけなかったら、

私は
20年くらい前
にはもう
死んでいると。

気づけたから
ここにいる。

こうして
生きている。

・・・・・・

私にとって
生きるとは
何か?
の
答えと、
人生の目的
は
完全に
イコールだ。

だから
人生観は
実にシンプルだ。

余分なことも
やらなくて
済んでいる。

ただ、

その目的は
あまりに
大きくて

果てしなくて

どうしようも
なく
お手上げ
なんだ。

参りました、
何を
どうやれば
いいか
わかりません!

と、
毎日
呟きながら
生きている。

・・・・・・

10年近くぶりに
お会いした
人から

「竹内さん、
雰囲気変わったね」
と
言われた。

「以前は
孤独感が
ありました」
と。

本当に
そうかも。

今は
仲間がいる。

仲間と共に
進む悦びは
途絶えることが
ない。

状況は
随分変わった。

私一人では
できないことが、
仲間となら
できる気もする。

ありがたい
ことだ。

・・・・・・

しかしそれでも
ゴールは
遠い。

もっと
力がほしい。

私だけじゃ
ない。

仲間全員
に。

道を切り拓く
のは、
まだ
ここからだ。

つづく

実感なき初体験

遮るものの
ない空、
空間
にいる。

遮るものが
ないのに、
空以外
何も見えない。

超高速で
飛んでいるが、

そんなわけ
なので、
実際にどれだけ
スピードが
出ているのか
よくわからない。

止まっている
ようにも
感じてしまう。

だが、
間違いないく
過去最高速は
出ているのだ。

なのに
こんなに
実感がない。

ずっと
望んできた
速さなのに。

・・・・・・

叶う前は、

胸を
掻きむしる
ほどに
それを求めた。

が、

叶ってしまう
と
こんなものか、
と。

それが
普通
になる。

人生は
そんなものか
とも
思えるが、

ちょっと
違う気も
する。

もう少し
揺れ動いても
いいだろう。
人間
なのだから。

・・・・・・

やっぱり
やめよう、
とは
何度も
思った。

挫折
なんて
いつでも
できた。

後悔する
から
挫折を
選ばなかった
というよりも、

ただ、
自分にとっての
必然
を
選び続けた
だけだ。

必然を
選んだら
必然的な
ことのみが
起きた。

その
積み重ねで
ここまで
きた。

結局は
それだけの
こと。

それだけの
ことだが、
ずっと
永遠を感じる
果てしなさ
だったんだ。

・・・・・・

この
止まっている
ような
超高速で

向かう先は
まったく
見えないが、

でも
全部わかっている
気はする。

今、気づいたが、
心臓は
バクバク
鳴ってる。

とてつもなく
高揚してるんだ、
私は、
今。

なのに
そこから
分離してしまった
かのような、

普通の私
が
ここにいる。

恐らく
もう、

魂は
目的地に
着いている。

心は
こうして
普通でいる。

体は
とてつもなく
高揚している。

つまりは、
魂心体が

分離して
しまったんだ。

それくらいの
超高速
ということか。

よく考えれば、
ここまでの
分離感は

これまで
なかったな。

やはり、
初体験。

一番
気掛かりは

体だ。

ちゃんと
ついて
来れるか?

どこまで
持つか?

それが
心配。

魂は
最初から
大丈夫だと
わかっている。

心は
このように
平静だ。

やはり
あとは
体だな。

最後まで
ちゃんと
持ちますように。

つづく

無限の前にいる

なるほど、
これでは
エネルギーも
出ないはずだ。

生きるだけで
精一杯の
状態。

まるで
バケツの底に
穴を空けられた
ような。

そのまま
水をずっと
注ぎ続けるが、

当然、水は
溜まらない。

注ぐ水の量
は、
日々
増している。

つまり
パワーアップ
は
できている。

が、
穴が空いて
いるので、

一向に
水は
溜まらない。

しかしそれを
あえて
やり続けて
いる。

何のため?

さらなる
パワーアップ
のためだ。

・・・・・・

実在レベル
で
やることは
無限にある。

とても
一人では
太刀打ちできない
ので、

この時の
ために
人も育てた。

皆、
パワーアップ
し続けている。

それはとても
頼もしい
限りだが、

しかし
現時点では
焼け石に水
のような
状態。

どう見ても
無茶だろう。

が、
こうなることも
最初から
わかっていた。

わかっていた
状態が
今、
起きている
だけだ。

・・・・・・

ここから
また
状況が
変わる。

流れが
変わる。

人類は
それに
ついていけるか?

正直、
不安しか
ないが、

不安に
思っている
のは、
私の心のみ。

身も心も
魂も
焼き尽くして、
やることを
やる。

対処しよう、
とか
そんなレベル
は
とうの昔に
諦めた。

やることを
やるしか
ないのだ。

・・・・・・

力は
どこから
くるのか?

人は
どこまで
変われるか?

私は
私自身を
持続できるか?

これらの
答えが
わかる時には、

一つの
結論は
出ている
だろう。

今が
すべて。

ここで
何をするか?
が、

すべて
なんだ。

つづく

ふと、カフェにて

ここの視点
に
いるうちは
ダメだな。

と
わかると、

私は
「ここ」から
離れる。

最もしっくり
くる
視点まで
移動する。

なかなか
見つからない
ことも
あるが。

今の場合は、
私の
斜め後ろで
かつ
上の方、
3kmくらい離れた
ところ。

そこに意識を
移動させ、
そこから
「ここ」を見つめる
視点となった。

すると
観えてくる
もの。

それは
私のダメージを
癒し続ける
私自身の光
だった。

光は
これまで
見たことがない
くらいの
強烈なものだ。

しかし
ダメージが
深過ぎる。

恐らく
私のことだ、

光の強まりを
感じたから
こそ、
躊躇なく
より深いダメージ
を
負ってしまった
のだろう。

おい、
いい気になるなよ
俺よ、
と
呟く。

私は本当に
すぐに
いい気になる。

自分が
多少、パワーアップ
できたと思うと、

その
パワーアップ分を
打ち消しに
するかのような
ダメージを
自分に与える。

もちろん
それをせねば
ならない
クライアントさん達の
状況というのも
ある。

が、
もう少し
自分のことを
考えなさい、
と
私自身を
叱ってみる。

・・・・・・

今、
カフェにいる
のだが、

隣の
外人さん達が
とても楽しそうに
喋っている。

若い人達
だ。

欧米の人達
だが、
英語ではなく
全くわからない
言葉を
喋っている。

私は基本、
雑踏というのが
好きで、

周りが混沌
としている場所
を選んでは、
そこで
仕事をする。

彼らの
不均一な
言葉のリズムが、
私には
心地よく、

少し不慣れな
波長の中で
この環境を
私も
楽しんでいる。

今日もこれから
とても重要な
コーチングが
連発する。

私のやっている
ことは、
人の人生に
直接影響する
ことばかり。

冷静に考えれば、
なんと
恐ろしい仕事だ、
とも
思うが、

やはり
私のような役割は
必要だと思うのだ。

必要だから
やる。

そして、
私にしかできない
サポートが
あるから、
やる。

それが
基本だが、

でもやっぱり
私はこの
仕事が
好きなのだ。

前も
書いたことが
あるかも
しれないが、

ある時ふと、
今の私の
能力が全て
消え去ってしまった
としたら、
私は
その後、どうする
のだろうか?

と
考えたことが
ある。

答えは
簡単だった。

私は
何も変わらない。

今の能力が
なくなったと
しても、

やることは
同じ。

ただ
能力がなくなった
だけ。

その分、
お客様からの
ご期待には
応えられなく
なるかもしれない。

が、
だからこの仕事を
辞める、
とは
ならない。

つまり私は、
自分の能力が
あるとかないとか、
そこで
判断はしていない。

必要か
どうか?

やりたいか
どうか?

そこのみで
判断し
やってきた。

そうしたら
おかげさまで
ある程度
必要な能力が
備わってきた、

という
だけのことだ。

・・・・・・

外人さん達
が
去って行った。

少し静かに
なり、
少し寂しい。

さぁ私も
そろそろ
行くか。

これから
お会いする
クライアントさん達の
お顔が
交錯する。

私は、
あなた達と
共にある。

つづく

もうすぐだ

ここの大地
は
まだ
暗いが、

彼方では
日が昇った
のが
わかる。

じきに
ここにも
日は差す
だろう。

すると
ここは、

これまで
とは
別世界と
なる。

暗闇の中
での
生き方を

しなくても
よくなるんだ。

・・・・・・

普通に
呼吸をする。

吐いて、
吸って、

吐いて、
吸って。

それが
当たり前の
ように
できる。

それが
どれだけ
ありがたい
ことか。

これまでの
私達は
普通に呼吸する
ことすら
叶わなかった。

本来の呼吸
とは
異なるリズム
で。

しかもその
リズムは
私達の体質には
合って
いなかった。

だからずっと
ストレスと
共に、

不自然さを
感じ続けた。
そして
それが普通
だった。

・・・・・・

ここからは、
自由気ままに
呼吸できる。

深呼吸も
浅い呼吸も。

自分の
好みのままに、
好みの
リズムで。

きっと私は
目一杯
走り続ける
だろう。

全力疾走
の中での
呼吸を
楽しみたい
から。

あなたは
どんな呼吸を
楽しみたい?

・・・・・・

自分らしく
生きる、
とは

まずは
自分らしい
呼吸を
するところから。

呼吸とは、
魂と心と
体の
協働作業だ。

呼吸に
よって
3つが
一致することも
できるし、

バラバラに
なることも
ある。

もちろん
一致すれば
するほど、

私達は
自分らしさを
手に入れ
られる。

・・・・・・

夜が明けて
から
自分らしい
呼吸を
するのでは
なく、

今のうち
から
もう、

自分らしさ
を
求めよう。

大丈夫。

必ず
日は差す。

私達は
暗闇から
脱せるんだ。

遠くを
見渡し、

道のりを
決め、

望む方向
望む道を

進めるように
なるんだ。

もうすぐ。

つづく

無駄はあるか

どうでも
いいことでも、

やらなければ
ならない
時がある。

ということは
それは
本当は
どうでもいい
ことでは
ないのだが。

でも、
表面的に見れば、
どう見ても
どうでも
よく、

モチベーションが
上がらない。

なのに、
私は真本音で
それを
やろうとする。

それを
止められない。

・・・・・・

わかって
いる。

結果的に、
後になれば

それが
いかに重要な
意味を
持っていたか?
は
わかること。

あーそういう
ことだったか!
と
合点できる
こと。

わかっちゃ
いるけどね。

でも
どうでもいい
ことは
やりたくないんだ。

・・・・・・

そう思い
ながら
やる。

と、
ちょうど良い
塩梅で

私はそれに
取り組める
ようだ。

潜在意識
では
やる、と
決めている。

顕在意識
では
やりたくない!
と
言い張っている。

それが
「ちょうど良い」
状態を
生む。

ということも
よく
わかっちゃ
いるんだ。

でも、
やりたくない
ものは
やりたくない。

・・・・・・

このように
モチベーション
ゼロで、
物事に取り組む
ことは

私は案外
多い。

だがやはり、
その経験
こそが、

私の人生の
糧になっている
ことも
どうしようもなく
実感して
しまうのだ。

今日も
そうだった。

本当の
本当に
どうでもいいこと
に
取り組もうと
している
クライアントさんを

必死で
止めることが
できた。

なぜそれが
できるかと
言えば、

本当に
どうでもいい
ことと、
本当は
どうでもよくない
ことの
区別が、
私はつくから。

だから
必死に
止められる。

どうでもいい
ように見えて
本当は
とても重要な
ことに
ずっと取り組んで
きた成果だ。

・・・・・・

人生、
無駄なことは
一つもない、
と
よく言われる。

そんなこと
はない。

本当に無駄な
ことは
いっぱいあるし、

みんな
それを
し過ぎている。

無駄なことを
しなくなる
だけで、
世の中全体の
次元は
間違いなく
高まるし、

世界はもっと
平和になる
はずだ。

まずは、

無駄なことは
ない、
と
自己満足的に
見つめ、

意味のない
意味づけを
するのを
やめよう。

これは
無駄である。

と、
断定する
勇気。

そういった
ものから
覚悟というのは
育まれるのでは
ないか。

つづく

痛いかい?

傷口を
無理矢理に
こじ開けて、

さらに
酷い状態に
する。

それも
サポートの
一つの形だと

頭では
わかって
いても、

辛すぎる。
私だって
一応、
人間だ。

だが、

本人の
真本音が
それを望むなら、

私は
やる。

やって
しまうのだ。

・・・・・・

痛みは、
ある境界を
越えないと

痛みとしての
価値を
出さない。

本当は
痛いのに
それを
麻痺させることに
長けてしまって
いる人は
多い。

せっかくの
痛みが
麻痺をする。

そんな
非効率的な
生き方は
他にない。

痛いものは
痛い。
そして
その痛みが
限界(境界)を
越えるとき、

初めて
現れる気づき
と
境地がある。

それを
得るための
痛みを、

私達の
真本音は
時々望む。

そして私は
そこに
ペーシング
する。

・・・・・・

あと
1%で
痛みの境界
なのに、

最後の一歩
で
逃げる。

すると
そこまで必死に
やってきた
努力と我慢が

無に帰す。

本当に
無駄になって
しまうのだ。

痛いのは
嫌だ。

だからこそ
痛いことを
する。

それが
私達だ。

痛みは
向き合ってこその
痛みだ。

・・・・・・

痛みの先に
あるもの、

それは
光だ。

その光と
出会うことで
初めて
痛みは
本質的に
癒される。

そこまで
頑張ること。

泣き喚いても
いいから。

子供のように
泣きじゃくれば
いいから。

逃げない
ことだ。

つづく

やっぱり眠ってた

なんだ、
やっぱり
眠っていた
じゃないか、

あなたの
奥に、

とても強い
願いが。

ずっと
何もない、
と
言い張って
いたのに。

トクン、トクン、・・・
と時折感じる
あの鼓動は、

やはり確かに
実在した。

ようやく
ここから
始まりそうだ。

・・・・・・

素直じゃ
ない。

自分に
対して。

自分なんて
大したことない、
どうせ。
だから
何もないんだ、
自分になんて。

とか
言い続けて。

これまでの
時間を
どうするんだ?

もっと
最初から
素直になって
進めば
よかったのに。

と、
どうしても
思ってしまうよ。

でもまぁ、
今からでも
遅くはない。

願いに
進もう。

徹底的
に。
どうせなら。

・・・・・・

燻りが
長く続いた人
ほど、

その
反動の
ように、

いざとなれば
爆発的に
進み出す。

きっと
あなたも
そうだろう。

1ヶ月後
には、
別人みたいに
なっている
だろうよ。

・・・・・・

沼から
出た
あなたは、

まるで
両生類の
ようだ、
と
自分では
言うけれど、

いやいや、
もう
その段階を
すっ飛ばして、

今はもう
鳥の
ようだ。

空を
まっすぐに
垂直に
昇っていく。

どこまで
行くのか?

あまり
無理はするなよ、
と
アドバイス
しても、

きっと
聞いちゃくれない
だろうね。

・・・・・・

ここからは、
区別が
必要だ。

自分の中
の
リアルと
幻影の。

リアル、
つまりは
実在。

実在以外
による
発想はもう

全部
捨てよう。

リアルな
願いだけを

リアルに
追い求めよう。

つづく

生きるとは何?

先日、
仲間内で
語り合っている
時に、
皆から
問われたんだ。

竹内さんに
とって
「生きる」とは
何ですか?

咄嗟に出た
答えが、

「死ぬこと」

・・・と。

自分で
そう答えて
初めて
自分で合点
した。

私はいつも
死ぬ瞬間の
ことばかりを
考えている。

・・・・・・

表面的では
なく、
本質的な
意味で、

私は
美しい死に方
をしたい。

既に、
自分が死ぬ
瞬間は
夢として
体験したことが
ある。

どう考えても
夢とは
思えないリアルさ
だったので、

あれは実在
なのだろうと
受け止めている。

その瞬間
を
ちゃんと
この現象(現実)で
実現すること。

そのために
今を
どう生きるか?

それを、

極端に
言えば

1分1秒、
大切にし続けている
と言える。

・・・・・・

未来は、
ここにある。

過去も、
ここにある。

すべて
「今」
にある。

それが
実在であり
本質。

死の瞬間
という
未来。

それが
ずっと
私の目の前に
ある。

クリアに。

この
クリアさが
淀み始めたら
要注意だ。

私は
本来の私の
生き方から
ずれ始めている
ということだ。

・・・・・・

今日の
クライアントさん
からは
突然、

竹内さんの
今の
人生理念は
何ですか?

と
問われた。

私が答えた
のは

『し』。

これが
少し前からの
私の理念。

ひらがな
なのは、
「死」以外にも
様々な意味が
あるから。

その意味が
深過ぎて、
いまだに私自身が
この一文字を
理解しきれて
いない。

が、
それでいい。

「死」と
向き合い、
「し」と
向き合い続ける。

それが私の
望む生き方。

私は
死ぬために
生きている。

つづく

ぶつかり合い

知恵と知恵
が
ぶつかり合う。

それが
良いぶつかり方
であれば、

シナジーが
起こる。

知恵は
飛び火し、

全く次元の
異なる発想が
生まれもする。

後から考えれば、
なぜ
あれが
発想されたか?
と
不思議に思う
やつだ。

次元を
いくつも
飛び越える
ためには、

そういった
ぶつかり合い
が
必要だ。

石と石を
ぶつければ
火花が生じるのと
同じで、

単体の石
だけでは
決して生まれない
ものが
生まれる。

そのように
して
この世界は
進んできた。

・・・・・・

やがて
終焉の時を
迎える
この世界も

その
限界ぎりぎり
までは
新たな何かを
生み出そうと
し続けるだろう。

終わるまで
止まらない。

終わっても
止まらない
くらいの
勢いで。

それが
世界であり、

私達自身
だ。

・・・・・・

人と人は
ぶつかり合って
こそ
価値がある。

ぶつからず
に
上手くすり抜ける
生き方では

極端に
言えば

何も
生まれない。

良いぶつかり合い
をするには、
普段から
向き合っている
こと。

普段、
向き合わずに
いざという時だけ
ぶつかるのでは、

ぶつかった
直後に
関係は崩壊する。

それは
意味がない。

すり抜けて
すり抜けて

我慢して
我慢して

その挙げ句に
ぶつかる、
という人生は

組織は

もう
やめにしないか。

・・・・・・

流れが
来ている。

あの流れに
乗れるか
どうか?

上手くやろう
としては
ダメだ。

知恵を
出し合い、

知恵を
ぶつけ合う。

それができる
組織にまで、
きちんと
育て上げて
きたかい?

やり残して
いることは
ないかい?

つづく