2026年 9月 の投稿一覧

痛いかい?

傷口を
無理矢理に
こじ開けて、

さらに
酷い状態に
する。

それも
サポートの
一つの形だと

頭では
わかって
いても、

辛すぎる。
私だって
一応、
人間だ。

だが、

本人の
真本音が
それを望むなら、

私は
やる。

やって
しまうのだ。

・・・・・・

痛みは、
ある境界を
越えないと

痛みとしての
価値を
出さない。

本当は
痛いのに
それを
麻痺させることに
長けてしまって
いる人は
多い。

せっかくの
痛みが
麻痺をする。

そんな
非効率的な
生き方は
他にない。

痛いものは
痛い。
そして
その痛みが
限界(境界)を
越えるとき、

初めて
現れる気づき

境地がある。

それを
得るための
痛みを、

私達の
真本音は
時々望む。

そして私は
そこに
ペーシング
する。

・・・・・・

あと
1%で
痛みの境界
なのに、

最後の一歩

逃げる。

すると
そこまで必死に
やってきた
努力と我慢が

無に帰す。

本当に
無駄になって
しまうのだ。

痛いのは
嫌だ。

だからこそ
痛いことを
する。

それが
私達だ。

痛みは
向き合ってこその
痛みだ。

・・・・・・

痛みの先に
あるもの、

それは
光だ。

その光と
出会うことで
初めて
痛みは
本質的に
癒される。

そこまで
頑張ること。

泣き喚いても
いいから。

子供のように
泣きじゃくれば
いいから。

逃げない
ことだ。

つづく

やっぱり眠ってた

なんだ、
やっぱり
眠っていた
じゃないか、

あなたの
奥に、

とても強い
願いが。

ずっと
何もない、

言い張って
いたのに。

トクン、トクン、・・・
と時折感じる
あの鼓動は、

やはり確かに
実在した。

ようやく
ここから
始まりそうだ。

・・・・・・

素直じゃ
ない。

自分に
対して。

自分なんて
大したことない、
どうせ。
だから
何もないんだ、
自分になんて。

とか
言い続けて。

これまでの
時間を
どうするんだ?

もっと
最初から
素直になって
進めば
よかったのに。

と、
どうしても
思ってしまうよ。

でもまぁ、
今からでも
遅くはない。

願いに
進もう。

徹底的
に。
どうせなら。

・・・・・・

燻りが
長く続いた人
ほど、

その
反動の
ように、

いざとなれば
爆発的に
進み出す。

きっと
あなたも
そうだろう。

1ヶ月後
には、
別人みたいに
なっている
だろうよ。

・・・・・・

沼から
出た
あなたは、

まるで
両生類の
ようだ、

自分では
言うけれど、

いやいや、
もう
その段階を
すっ飛ばして、

今はもう
鳥の
ようだ。

空を
まっすぐに
垂直に
昇っていく。

どこまで
行くのか?

あまり
無理はするなよ、

アドバイス
しても、

きっと
聞いちゃくれない
だろうね。

・・・・・・

ここからは、
区別が
必要だ。

自分の中

リアルと
幻影の。

リアル、
つまりは
実在。

実在以外
による
発想はもう

全部
捨てよう。

リアルな
願いだけを

リアルに
追い求めよう。

つづく

生きるとは何?

先日、
仲間内で
語り合っている
時に、
皆から
問われたんだ。

竹内さんに
とって
「生きる」とは
何ですか?

咄嗟に出た
答えが、

「死ぬこと」

・・・と。

自分で
そう答えて
初めて
自分で合点
した。

私はいつも
死ぬ瞬間の
ことばかりを
考えている。

・・・・・・

表面的では
なく、
本質的な
意味で、

私は
美しい死に方
をしたい。

既に、
自分が死ぬ
瞬間は
夢として
体験したことが
ある。

どう考えても
夢とは
思えないリアルさ
だったので、

あれは実在
なのだろうと
受け止めている。

その瞬間

ちゃんと
この現象(現実)で
実現すること。

そのために
今を
どう生きるか?

それを、

極端に
言えば

1分1秒、
大切にし続けている
と言える。

・・・・・・

未来は、
ここにある。

過去も、
ここにある。

すべて
「今」
にある。

それが
実在であり
本質。

死の瞬間
という
未来。

それが
ずっと
私の目の前に
ある。

クリアに。

この
クリアさが
淀み始めたら
要注意だ。

私は
本来の私の
生き方から
ずれ始めている
ということだ。

・・・・・・

今日の
クライアントさん
からは
突然、

竹内さんの
今の
人生理念は
何ですか?


問われた。

私が答えた
のは

『し』。

これが
少し前からの
私の理念。

ひらがな
なのは、
「死」以外にも
様々な意味が
あるから。

その意味が
深過ぎて、
いまだに私自身が
この一文字を
理解しきれて
いない。

が、
それでいい。

「死」と
向き合い、
「し」と
向き合い続ける。

それが私の
望む生き方。

私は
死ぬために
生きている。

つづく

ぶつかり合い

知恵と知恵

ぶつかり合う。

それが
良いぶつかり方
であれば、

シナジーが
起こる。

知恵は
飛び火し、

全く次元の
異なる発想が
生まれもする。

後から考えれば、
なぜ
あれが
発想されたか?

不思議に思う
やつだ。

次元を
いくつも
飛び越える
ためには、

そういった
ぶつかり合い

必要だ。

石と石を
ぶつければ
火花が生じるのと
同じで、

単体の石
だけでは
決して生まれない
ものが
生まれる。

そのように
して
この世界は
進んできた。

・・・・・・

やがて
終焉の時を
迎える
この世界も

その
限界ぎりぎり
までは
新たな何かを
生み出そうと
し続けるだろう。

終わるまで
止まらない。

終わっても
止まらない
くらいの
勢いで。

それが
世界であり、

私達自身
だ。

・・・・・・

人と人は
ぶつかり合って
こそ
価値がある。

ぶつからず

上手くすり抜ける
生き方では

極端に
言えば

何も
生まれない。

良いぶつかり合い
をするには、
普段から
向き合っている
こと。

普段、
向き合わずに
いざという時だけ
ぶつかるのでは、

ぶつかった
直後に
関係は崩壊する。

それは
意味がない。

すり抜けて
すり抜けて

我慢して
我慢して

その挙げ句に
ぶつかる、
という人生は

組織は

もう
やめにしないか。

・・・・・・

流れが
来ている。

あの流れに
乗れるか
どうか?

上手くやろう
としては
ダメだ。

知恵を
出し合い、

知恵を
ぶつけ合う。

それができる
組織にまで、
きちんと
育て上げて
きたかい?

やり残して
いることは
ないかい?

つづく