太陽は私だ

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真本音には

力がある。

 

それは太陽のような

存在だ。

 

どれだけ世界が

重い雲に閉ざされても、

 

その雲の向こうには

必ず青空があり、

 

そこには

太陽が浮かんでいる。

 

雲の向こうに

ほんのわずかでも

太陽の光が

透けて見えるだけで、

 

私達は

希望を得ることが

できる。

 

そして、

雲というのは

一時的なものに過ぎない

という真実を

 

思い出すことが

できる。

 

それが

真本音という存在だ。

 

しかし、

 

真本音が本当に

その力を発揮するのは、

 

「あれは太陽だ」

 

という認識のままでは

難しい。

 

つまり、

 

私は私で、

あれは太陽で、

 

・・・というように、

自分と太陽が

分離していては

 

それはあくまでも

「希望」のままで

終わってしまうのだ。

 

本当の意味で

雲を晴らし、

 

自らの道を創るには、

 

「私自身が

太陽であった」

 

と知ることだ。

 

つまりは、

「自分」と「真本音」

とは

別物であったり

分離しているものでは

ない。

 

自分は真本音であり、

 

真本音こそが

自分自身である。

 

という真理を

思い出さなければならない。

 

とは言え、

 

最初は残念ながら

多くの場合、

 

自分と太陽とは

分離している

 

ように見える。

 

自分の真本音なのに、

自分ではないように

見える。

 

最初はみんな

そうだ。

 

だからこそ、

まず私達がすべきは

 

真本音の通りに

「行動する」

ということだ。

 

太陽の意思に

素直に

動いてみる

ということだ。

 

それをしなければ

一生かかっても

 

自分と太陽は

 

分離したままだ。

 

それでは

人生の意味は

 

ない

 

のだ。

 

そこまであえて

言い切るくらいの

覚悟で、

 

自らの真本音の

意思を尊重して、

 

行動する

 

挑戦する

 

続けてほしいのだ。

 

自分の人生を

評価するのは、

 

その後でいい。

 

つづく

 

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