丁寧に生きる、

とは

「完了感」を大事に

しながら生きる、

ということと

同義語であると

私は思っている。

 

一つ決めて

一つ行なう。

 

それをどこで

終えるか?は

「完了感」の有る無しで

決める。

 

たとえ仕事の途上で

あっても、

「完了感」が出たら

そこでいったん終える。

 

たとえ1時間のミーティング

でも、

20分で「完了感」が出たら

そこで終える。

 

逆に、

「やったー、終わったー!」

と顕在意識レベルで

仕事が完了したと思っても、

「完了感」がなければ

終えてはならない。

 

何かまだそこで

すべきこと

したいことが

残っているはずだ。

 

もちろん、

「終わったー!」という

気持ちと、

「完了感」が一致する

ことは多い。

 

この「完了感」に

敏感になることで、

仕事も人生も、

 

「時間」も

 

すべてが調和

していく。

 

すべてが

楽に進んでいくようになる。

 

・・・・・・

 

コーチングでも

そうだ。

 

たとえ相手が

クライアントさんで

あったとしても、

私は

「完了感」が出たら、

 

「ここでセッションを

終わりにしましょうか」

 

とご提案する。

 

もちろん

たまにクライアントさんの

方では

「完了感」が出ていないことも

あるので、

その場合は続けるが。

しかし

滅多にそれはない。

 

で、残りの時間を

雑談にする。

 

するとその雑談の

中でこそ

とてつもなく大切な

気づきがあったりする。

 

もちろんそれを

狙っているのではない。

 

残念ながら

狙ってもそれはできない。

 

本当に終わった。

本当にあとは雑談だ。

 

と思えるからこそ

得られる気づき。

 

そういうものが

確かにある。

 

そんなこんなも

全部含めて、

「完了感」を大切にすれば

人生が楽しくなる。

 

・・・・・・

 

「完了感」に敏感に

なるための

最も効果的な習慣は、

 

一つ決めて

一つ行なう。

 

を徹底することだ。

 

今はこのための時間だ、

決めるのだ。

 

もちろん

「今はダラダラする時間だ」

というのもアリ。

 

ダラダラするなら

ちゃんと

ダラダラする。

 

「完了感」が出るまで

ダラダラする。

 

そう決めて

ダラダラするのだ。

 

もちろんダラダラだけでなく、

すべてのことを

そのように決めて

行なっていくとよい。

 

すると

最初はわからなかった

「完了感」も、

しだいに感覚でわかるように

なる。

 

「完了感」がない場合は

そこで終えようとすると、

 

何となく

気持ち悪いのだ。

 

この「何となく」が

わかるようになるとよい。

 

メリハリなく

曖昧なままで

時間を過ごすのは

もうやめよう。

 

人生は

長いようで短い。

 

自分の意思で

人生を進めよう。

 

つづく