リセット

やっと動画を撮り終えました

 

セルフコーチング系の

講座を

開催しようと思っている。

 

そのための準備に

以前から入っていたが、

苦戦していた。

 

何を中心に打ち出し、

どうメッセージすれば、

この講座で出会うべき

人達と

出会えるのか?

 

が、どうしても

不明確だったから。

 

でも、

やっとそれが明確に

なり、

今日、動画を撮り終えた。

 

やっと

完了感が出た。

 

プロデューサーの

牧村氏とも、

やっと共に

笑い合うことができた。

 

・・・・・・

 

その中心となる

コンセプトを

一言で表せば、

 

『リブート』

 

となる。

 

「再起動」という

意味だ。

 

この言葉自体は

以前から

顕在化していたが、

これをもとに

何をどのように

メッセージすればよいか?

手間取った。

 

でもようやく

腑に落ちた。

 

・・・・・・

 

今回、私達が打ち出す

「リブート」には

二つの意味がある。

 

一つは、

 

「人生のリブート」。

 

そう。

人生をリブートしたい

と思っている人が、

最近はやたらと

増えている

実感がある。

 

気をつけたいのは、

「リセット」

ではなく、あくまでも

「リブート」

だということだ。

 

「リセット」と言うと、

何となくであるが、

すべてを一度、

消してしまったり

まっさらにしてしまったり、

 

これまで培ったものを

捨ててしまったり、

 

・・・と、

かなりの勇気を

要するイメージとなる。

 

しかし

「リブート」とは

単なる再起動だ。

 

例えば、

パソコンを再起動

したからと言って、

これまでのデータや

アプリが

消えてしまうわけではない。

 

これまで培ったものは

ちゃんと残っているのだが、

しかし、

再起動することで、

 

フリーズしていたものが

治ったり、

 

滞っていたものが

解消されたり、

 

心が新たに

なったり、

 

次のステップや

次のステージに進む

きっかけとなったりする。

 

私はよく

仕事に疲れたり

発想が滞ったりすると、

いったん

パソコンの電源を

落とし、

 

仕事の発想も

止め、

 

空を見上げながら

散歩をしたり、

電車に乗ったり

しながら

気分転換をする。

 

少しそれをするだけで、

何かが

シャンと

もとの場所に戻り、

 

これまでとは

まったく異なる

新たな発想が浮かび、

止まっていた

あらゆるものがまた

動き出したりする。

 

そんな

イメージだ。

 

人生で

そんなことをしたい

と思っている人が

今、明らかに

増えている。

 

本当にこのままの

自分で良いのか?

 

このまま

進んでいいのか?

 

この延長線上に

自分の未来は

あるのか?

 

自分は

何も変えなくて

良いのか?

 

今、手に入っている

この満足感で

本当に満足か?

 

本当にこの幸せが

私が望んでいる

幸せなのか?

 

本当に今の自分が

本当の自分なのか?

 

今の人生が

本当の人生なのか?

 

・・・そんな

根本的な問いや

モヤモヤが

どうしても浮上し、

 

それをそのまま

放置しておくことに

我慢がならなくなっている

人が、

明らかに増えている。

 

そんな人達が、

ちゃんと正しく自分と

向き合い、

 

自ら答えを出して

いく。

 

そんな講座を

開講したい

というのが私の

コンセプトだ。

 

・・・・・・

 

と同時に、

「リブート」には

もう一つの意味がある。

 

それはまた

明日書こうかな。

 

つづく

 

リセットしても私は私だ

 

私は

毎日毎日、

私を

リセットする。

 

何もない世界に

ポツンと

一人。

 

佇む私を

そのまま

感じ取る。

 

人生で培った

あらゆるもの、

 

人生で得た

あらゆるもの、

 

人生で育んだ

あらゆるもの、

 

それらを

いったんすべて

手放す。

 

能力も

ない。

 

志も

ない。

 

生きる目的も

ない。

 

何もない。

 

そんな自分に

いったん

本当に

戻る。

 

人間は

面白い。

 

それができたと

しても、

「真っ白」

にはならない。

 

やはり

「これが私だ」

と思える

個性が

残るのだ。

 

すべてを

リセットすることで

初めて

自覚することも

ある。

 

私は

私である。

 

という

事実が

迫ってくる。

 

・・・・・・

 

一方で、

すべてをリセット

すると、

 

自分が

なくなる感覚も

起こる。

 

いや、

正確に言えば

「なくなる」

のではない。

 

「すべてと

一つになる」

 

と言った方が

いいかな。

 

すべてと

つながり、

一つであり

全体である

私がいる。

 

そう、

そうなっても

やはり

そこには

「私」

がいるのだ。

 

つまり

「私」

とは、

あまりにも

存在が大きい。

 

この存在感を

すべての人が

体験できると

いいな、

いつも思う。

 

そうすれば

自分自身を

ないがしろにする人は

激減するだろう。

 

自分という

人間の

存在そのものの

大きさと

尊さを

皆、知れるのになぁ、

いつも思う。

 

・・・・・・

 

そしてそれを

実感するとき、

 

実に簡単に

思えることが

ある。

 

それは、

 

「人は

変われるんだな」

 

という

真実だ。

 

いや、これも

もっと正確な

言い方がいいな。

 

「人は

変わるために

存在している」

 

が正確だ。

 

変わらなきゃ

おかしいのだ。

 

変わらなきゃ

自然の摂理に

反しているのだ。

 

しかし、

「変わる」

とは

「自分を失う」

ことではない。

 

「自分を

取り戻す」

ことであり、

 

「本来の自分」

をさらに

際立たせて行く

ことだ。

 

それを

「成長」と

言うし

「進化」と

言う。

 

・・・・・・

 

今日も、

いい出会いが

あったなぁ。

 

なんで

こんなに素敵な

人と

出会えるんだろう?

 

と、

心では思う

のだが、

 

でも一方で、

 

当たり前だよな。

 

という気持ちと、

 

これが自然だな。

 

という気持ち。

 

そして、

 

こいつも

俺じゃん。

 

という

傲慢というよりも

ユニークな

気持ちが

現れる。

 

俺が

俺と

出会う。

 

それが

本来の

「出会い」

ではないか。

 

そして、

 

俺が

俺と

コラボする。

 

それが

本来の

「人生」

ではないか。

 

つづく

 

電源を落とすとよいですよ

 

目を瞑り、

全身の力を抜き、

心の力も抜き、

しばらく

静かにします。

 

そして、

すべての

「電源」

を切ってみてください。

 

その電源を

落とせば、

「私」のすべてが

「オフ」になります。

 

パソコンが

電源を落とすと

動かなくなるように、

「私」も

電源をすべて

落としてしまうのです。

 

「電源」を切れば、

すべての光が

失われる感覚が

あるでしょう。

 

そうしたら、

しばらくそのままで

いましょう。

 

・・・・・・

 

もし、

「電源」を落とそうと

思っても、

落ちない場合は、

 

現時点での

あなたの真本音度合いは

残念ながら

まだまだ低い

ということになります。

 

もしくは、

最近のあなたが

自分の真本音を

無視した日々を

送っているか。

 

真本音と乖離した

生き方は、

自分の「電源」を

落とすことすら

できなくさせます。

 

そして私達は、

「電源」を落とさなければ、

本当の「休息」を

得ることはできません。

 

短い時間でも

本当に「電源」を落とす

ことができれば、

私達はかなり

リフレッシュできます。

 

・・・・・・

 

面白いことに、

電源を落とすと、

その瞬間までにずっと

自分に取り憑いていた

あらゆるストレスの類が、

まるで自分が

死んでしまったと

勘違いするのでしょうか、

ザーッとすべて

流れ出てしまうことも

あります。

 

そういえばパソコンも、

一度、電源を落とすことで

調子が戻ることが

ありますね。

 

電源を落としたり

リセットすることは

私達人間にも

必要なのですね。

 

自分自身の電源を

入れるか落とすか、

それくらいの自由は

自分で持ちたいものです。

 

自分自身

ですからね。

 

・・・・・・

 

電源を落とすことが

できた人は、

 

オススメなのは、

 

一度、そのまま

睡眠をとることです。

 

電源を入れたまま

睡眠をとるのが

通常の私達が

行なっていることですが、

 

一度、

すべての電源を

オフにして

ゆっくりと

眠ってください。

 

大丈夫。

 

これで死ぬことは

ありません。笑

 

むしろ、

生き返ります。

 

自分自身の

ことです。

 

自分で自分を

大切にしましょう。

 

つづく

 

ゼロリセットする覚悟はありますか?

今、私達が

本当に為すべきことは

何でしょうか?

 

こんな疑問を持ったことは

ありませんか?

 

今、皆さんには

全力を注いでいる何かが

あると思います。

 

これは自分の

したいことだ。

自分の

すべきことだ。

 

そう信じて

エネルギーを注いでいることが

あると思います。

 

職業で言えば、

「天職」と思えること。

 

もっと広くみれば、

「使命」と思えること。

 

それが見つかっている人も

多いと思います。

 

でも。

 

ほんのふとした瞬間に、

「これは本当に

私の為すべきこと

なのだろうか?」

という問いが、

自分の中に浮かぶことは

ありませんか?

 

実は、

私の人生は

その問いの連続でした。

 

昔の私は、

自分の中にその問いが

浮かんだとしても、

その問いを

瞬時に抹殺していました。

 

見なかったことに

していました。

 

ブレるのが

怖かったからです。

 

今振り返れば、

もっと早い段階から

その問いときちんと

向き合っていればよかったな、と

思います。

 

今の私にも、

その問いは、

浮かんできます。

 

浮かんできたら、

「しめた!」

と喜びます。

 

そして、

その問いが浮かべば

その後に必ず

することがあります。

 

何だと思います?

 

実は、その問いとは、

今すぐに答えを見つけなさい、

という問いとは

少し性質の異なるものです。

 

実は、

問いというよりも

メッセージなのです。

 

私はその問い(メッセージ)が

自分の中から自然に浮かべば、

必ず、自分の心を整えて、

最も良い状態(真本音状態)にします。

 

そして、

「覚悟」

を持ちます。

 

何の覚悟かと言いますと、

 

『すべてをゼロリセットする覚悟』

 

です。

 

これまで自分が

長い年月をかけて

培ってきたあらゆるものを

すべて

「崩壊させてもいい」

と思える覚悟です。

 

そして

その覚悟を持つことができれば、

ほぼ必ず、

その後にその「崩壊」は

起こります。

 

ただしそれは

現象(現実)レベルではなく、

実在レベルにおいて

起こります。

 

わかりやすく言えば、

心の中ですべてのことが

一度、「崩壊」するのです。

 

完全なる

「ゼロ」

となります。

 

で、また一つずつ一つずつ

積み上げていきます。

 

これを喩えて言うならば、

引越しのようなものです。

 

例えば、これまで

6畳一間の部屋に

住んでいたとします。

そこには、

様々な家財道具があり、

自分なりに快適な生活を

実現できていたとします。

 

ゼロリセットとは、

大掃除をするという

レベルではなく、

その6畳一間の部屋を

引き払うということです。

 

そして、

新たな部屋を

見つけます。

 

例えば、

もっと広い部屋がいいな。

もっと日当たりの良い部屋が

いいな。

部屋は8畳が二間くらい

あった方がいいな。

・・・などなど、

自分の本当に望む生活を

目指して、

住むところそのものを

変えてしまうのです。

 

で、

その新たな部屋に見合う

家財道具を取り揃えます。

しかしそれは、

新たな家財道具を購入する

とは限りません。

 

部屋を変えても

家財道具はこれまでのままがいい、

というケースの方が多いです。

もちろん、

買い換えたいものは

買い換えます。

 

これが、

「ゼロリセット」の

意味です。

 

私は、ここ数年だけでも

何度も、

人生のゼロリセットを

繰り返してきました。

 

その度に

すべてを崩壊させる覚悟を

持つのですが、

結果的に現象レベルでは

何も変わりませんでした。

 

表面上では、

これまでの延長線上での

人生が続いています。

仕事も同じです。

 

でも実は、

その中身がまるっきり

変化(進化)しているのです。

 

それは家財道具は

変わらないけど、

住んでいる部屋が

6畳一間から

8畳二間に変わる

ようなものです。

 

同じ家財道具でも

快適さが全然違うのです。

 

「ゼロリセット」というと

怖い感じがしますが、

しかし、本当にゼロリセットしてみると、

これまで培ってきたものが

いかに素晴らしいものであったか、

素晴らしい財産であったか、

ということを

改めて再認識することが

できます。

 

ただし、

前提条件としては、

本当にすべてが崩壊してもよい、

という覚悟を持つこと。

これがないと

ゼロリセットはできません。

 

しかしその覚悟は、

日々を真本音に素直に

生きている人にとっては

結構、容易いことです。

 

「これは本当に

私の為すべきこと

なのだろうか?」

 

もし自然にその問いが

浮かんできたら、

ぜひ、大切にしてください。

 

それはきっと

人生の醍醐味に

つながりますよ。

 

つづく