リセットしても私は私だ

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私は

毎日毎日、

私を

リセットする。

 

何もない世界に

ポツンと

一人。

 

佇む私を

そのまま

感じ取る。

 

人生で培った

あらゆるもの、

 

人生で得た

あらゆるもの、

 

人生で育んだ

あらゆるもの、

 

それらを

いったんすべて

手放す。

 

能力も

ない。

 

志も

ない。

 

生きる目的も

ない。

 

何もない。

 

そんな自分に

いったん

本当に

戻る。

 

人間は

面白い。

 

それができたと

しても、

「真っ白」

にはならない。

 

やはり

「これが私だ」

と思える

個性が

残るのだ。

 

すべてを

リセットすることで

初めて

自覚することも

ある。

 

私は

私である。

 

という

事実が

迫ってくる。

 

・・・・・・

 

一方で、

すべてをリセット

すると、

 

自分が

なくなる感覚も

起こる。

 

いや、

正確に言えば

「なくなる」

のではない。

 

「すべてと

一つになる」

 

と言った方が

いいかな。

 

すべてと

つながり、

一つであり

全体である

私がいる。

 

そう、

そうなっても

やはり

そこには

「私」

がいるのだ。

 

つまり

「私」

とは、

あまりにも

存在が大きい。

 

この存在感を

すべての人が

体験できると

いいな、

いつも思う。

 

そうすれば

自分自身を

ないがしろにする人は

激減するだろう。

 

自分という

人間の

存在そのものの

大きさと

尊さを

皆、知れるのになぁ、

いつも思う。

 

・・・・・・

 

そしてそれを

実感するとき、

 

実に簡単に

思えることが

ある。

 

それは、

 

「人は

変われるんだな」

 

という

真実だ。

 

いや、これも

もっと正確な

言い方がいいな。

 

「人は

変わるために

存在している」

 

が正確だ。

 

変わらなきゃ

おかしいのだ。

 

変わらなきゃ

自然の摂理に

反しているのだ。

 

しかし、

「変わる」

とは

「自分を失う」

ことではない。

 

「自分を

取り戻す」

ことであり、

 

「本来の自分」

をさらに

際立たせて行く

ことだ。

 

それを

「成長」と

言うし

「進化」と

言う。

 

・・・・・・

 

今日も、

いい出会いが

あったなぁ。

 

なんで

こんなに素敵な

人と

出会えるんだろう?

 

と、

心では思う

のだが、

 

でも一方で、

 

当たり前だよな。

 

という気持ちと、

 

これが自然だな。

 

という気持ち。

 

そして、

 

こいつも

俺じゃん。

 

という

傲慢というよりも

ユニークな

気持ちが

現れる。

 

俺が

俺と

出会う。

 

それが

本来の

「出会い」

ではないか。

 

そして、

 

俺が

俺と

コラボする。

 

それが

本来の

「人生」

ではないか。

 

つづく

 

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