感覚

感覚

 

例えば、

指を切って

血が流れたら、

痛いだろう。

 

健康であれば

体は痛むから、

 

痛まないように

体を大事にする。

 

心も同じだ。

 

心も痛む。

 

ところが

心の場合、

すぐに麻痺をする。

 

傷んでいることに

気づかなくなる。

 

それはとても

不健康なことだ。

 

時たまだけど、

 

竹内さんの

サポート受けたら

以前よりも

余計苦しくなった。

 

言われることが

ある。

 

そりゃそうさ。

 

麻痺を

取るからね。

 

心の麻痺を

起こしている人が

いれば、

 

まずは

麻痺を取っても

安全なところまで

回復させて、

 

その上で

今度は

麻痺を取ることを

大事にする。

 

そうしたら、

これまで気づかなった

心の痛みに

気づくようになる。

 

心に神経が

通った状態だ。

 

健康状態だ。

 

その痛みに

気づくからこそ、

 

あっ、

この生き方は

いけないな。

 

この行き方は

私にとっては

違うのだな。

 

・・・と

わかるんだ。

 

痛みというのは

合図だ。

 

そして

そういった感覚が

研ぎ澄まされて

くれば、

 

今度は、

 

あっ、あの人は

とても苦しんでるな。

 

この人はとても

幸せなんだな。

 

ということも

感覚でわかるように

なる。

 

あるクライアントさんは

ある時、

私にこう言われた。

 

世の中は

今、こんなに

苦しんでいるんですね。

 

こんなに

ひどいとは

思わなかった。

 

・・・と。

 

感覚によって

現実を知る。

 

現実を知ることで、

自分の道が

定まってくる。

 

そのクライアントさんは

一気にご自分の

道を決められた。

 

世の中での

自分の役割を

思い出すかのような

感覚で

決められた。

 

感覚を

取り戻そう。

 

もう

麻痺は終わりだ。

 

感覚を

取り戻すことで

 

すべて

観えてくるんだ。

 

つづく

 

感覚を言葉へ

 

感覚を

言葉にする。

 

というのは

なかなか難しい

ものだが、

 

やってみると

いい。

 

ほんの些細な

ちょっとした感覚に

まずは

敏感になること。

 

セルフコーチングの

基本は、

 

まずは

自分の体の感覚を

感覚として

観察すること。

 

例えば、

何となく首筋が

重いな、

とか。

 

背骨にちょっとだけ

違和感たあるな、

とか。

 

今日は

胴体の中が

スースーする。

まるで空洞のようだ、

とか。

 

そして

わずかに感じる

その部分に

意識を向ける。

 

解釈とか

思考とか

まったくせずに、

 

意識のみを

向ける。

 

するとその

わずかな感覚が

ありありと

際立ってくる。

 

場合によっては

その感覚の

「中に入り込む」

状態になるかもしれない。

 

感覚が

際立ってきたら、

さらにそこに

全身全霊を込める

ようにして

意識を集中させる。

 

すると、

私の場合は

映像が浮かんでくる。

 

人によっては

何も浮かばない

かもしれない。

 

映像が浮かべば、

今度はその映像に

ずっと意識を向ける。

 

映像がなければ、

感覚にそのまま

意識を向け続ける。

 

すると

ある一定以上の

時間が過ぎると、

 

ふと、

何かを思い出す

感じで、

 

言葉が

浮上してくる。

 

・・・こんな感じ。

 

慣れないと

難しいかもしれない。

 

でも

練習する価値はある。

 

これができるように

なると、

人生の展開は

劇的に変化する。

 

自分の感覚をもとに

人生の選択を

していくからだ。

 

ちなみに

私のこのブログは

いつもこんな感じで

書いている。

 

自分のわずかな、

しかしそこにしっかりと

存在する感覚を、

 

今日という一日を

終えた

今日にしかない

その感覚を、

 

言葉にしている

のだ。

 

これも練習だと

思ってやっている。

 

だから、

「感覚」を日記にするのも

いいかもね。

 

練習してみて

ください。

 

つづく

 

感覚を取り戻そう

 

今のこの一瞬

の中に、

永遠が存在する。

 

・・・言葉で書くと

どうしてもこうなって

しまうのだが、

 

この言葉を

感覚として

捉えてほしい。

 

私達には

この「感覚」が

あるはずだ。

 

この「感覚」を

思い出している時、

私達は

あらゆる判断が

観える。

 

すべてを知っている

自分を思い出す。

これも

「感覚」として。

 

すると、

次の自分の一歩

について、

あらゆる迷いや惑いが

なくなる。

 

その一歩は

ただの「一歩」

となる。

 

純粋な

「一歩」となる。

 

「一歩」以上のものではなく、

「一歩」以下のものでも

なくなる。

 

その「一歩」は

「一歩」ではあるのだが、

 

「全体」でもある。

 

「すべて」でもある。

 

だからこそ

完全に調和をする。

 

理屈で捉えると

訳がわからなくなるかも

しれないが、

 

これを「感覚」として

わかっている私達が

確かにここにいる。

 

それが

真実だ。

 

・・・・・・

 

今のこの一瞬が

永遠に続けば

いいのに。

 

と願ったことは

ないだろうか?

 

私はしょっちゅう

ある。

 

それ自体が

幸せなことだが、

 

しかしそれがもう

願いではなく

真実であることを

一方で、私達は

よくわかっている。

 

何度も言うが、

これは理屈では

ない。

 

この「感覚」を

日常の中で

いかに思い出し続けるか?

 

・・・だ。

 

これを私は恐らく、

もうすぐ52年になろうとする

この人生で、

探究し続けた。

 

言葉で表現すれば

実に難しいが、

 

これを「感覚」として

捉えることができるように

なれば、

 

実に

簡単なことだ。

 

簡単過ぎて

難しいのだ。

 

今、ようやくにして

よくわかるのは、

 

これは、

探究するものでは

なかった。

 

これは、

あまりに当たり前の

こと。

 

ただ、

思い出すだけの

ことだったのだ。

 

だから私は

その「思い出し方」を

 

私のすべてのサポートの

根幹に

置いているんだ。

 

つづく

 

中心は誰か?

 

新しい何かを

始めようとした時、

 

必ず

その中心となる

人がいる。

 

その人が

どのような人か?

によって

 

そこから生まれる

世界(ワールド)は

大きく変質する。

 

誰がいいか?

 

ということよりも、

 

今は

どんな世界(ワールド)を

ここで創りたいか?

 

が非常に

大事だ。

 

もしあえて、

 

今は

誰がいいか?

 

から決めたい

場合は、

 

一人一人、

この人が、

もし中心になったと

したら?

 

とイメージし、

私達の心の奥

が、

 

しっくりするか

どうか?

 

という「感覚」で

中心となる人を

決めることを

オススメする。

 

やはり、

感覚は

大事だ。

 

感覚が、

最も的確な判断に

つながる

場合は多い。

 

ただし、

感覚を感覚の

ままで、

曖昧なままで、

放置しておいては

ならない。

 

なぜこの感覚が

生まれるのか?

 

この感覚の

意味は何か?

 

この感覚は

どのような未来を

象徴しているのか?

 

などを、

しっかり皆で

考え合うことが

とても大切だ。

 

そういったことを

語り合える

チームや組織は

 

本当に

楽しいね。

 

つづく

 

時を超えた自分より

 

私達の人生は、

長くてもせいぜい

100年程度のものです。

 

ですからどうしても、

私達には

100年以上のスパンの

時間感覚や

視野の広さを

持つことができにくいです。

 

未来を考えると言っても、

2〜30年先というのは

遥か先のように思えますし、

日常における長期の視点

と言えば、

3年とか5年くらい

ではないでしょうか。

 

ましてや今は

時代の流れが速く、

変化も激しいですので、

来年の今頃の世の中を

イメージすることすら

困難になっています。

 

目先のことに

精一杯になる

私達。

 

目先のことに

精一杯になる

社会。

 

予測のつかない

人生。

 

予測のつかない

時代。

 

であるが故に

あえて、

1000年という

時間の流れを

感じてみませんか?

 

・・・・・・

 

1000年後の世の中を

イメージするのは

ほぼ、無理です。

 

もちろん

ファンタジーであれば

描けるかもしれませんが。

 

ですから無理に

描く必要はありません。

 

そうではなく、

「1000年の時」

そのものを

感じてみるのです。

 

・・・・・・

 

目を閉じて

ください。

 

そして自分が

どんどん巨大化する

イメージをしながら、

 

巨大化する

「感覚」を得てみて

ください。

 

どんどん巨大化

します。

 

大気圏を突破して

宇宙にまで

はみ出てもよいです。

 

地球よりも

大きくなっても

よいです。

 

太陽系よりも

銀河系よりも

大きくなっても

よいです。

 

宇宙そのものよりも

大きくなっても

よいです。

 

とにかく

巨大化する

「感覚」を楽しみます。

 

そして、

自分にとって

最も居心地の良い

大きさになれたら

そこでストップします。

 

無理に大きく

なり過ぎる必要も

なく、

「居心地の良い」大きさ

であれば、

どれくらいでも結構です。

 

その大きさのまま

今度は

目を閉じたままの状態で、

 

時間を

急速に未来に進めて

ください。

 

もちろん

そういったイメージを

すればよいのですが、

ただしやはり、

時間がどんどん進む

「感覚」を得ます。

 

3倍速、5倍速、10倍速

100倍速、1000倍速・・・

というように

どんどん時間の流れを

速くします。

 

そして

100年、200年、・・・

と時間を進めてください。

 

何度も申しますが、

「感覚」が大事です。

 

そして

「あっ今、

1000年先まで来たな」

と思えたら、

そこでストップします。

 

そこが、

1000年後の

未来です。

 

もちろん、

「感覚的に」ですが。

 

1000年後の未来が

どうなっているかは

考える必要は

ありません。

 

ただ、

1000年後のその

「感覚」だけを

しっかり味わってみて

ください。

 

もちろん今の自分が

1000年後も生きている

わけではありません。

 

ですから、

これを感じている

自分は何者か?

などを考える必要も

ありません。

 

ただただ、

1000年後の「感覚」

のみをしっかりと

感じ続けます。

 

しばらくそれを

していると、

その「感覚」が自分に

馴染んで来ます。

 

その「感覚」が

普通になって来ます。

 

そうなれたら今度は、

1000年前の自分に

想いを馳せます。

 

つまりは、

今現在の自分に

想いを馳せるのです。

 

1000年後の未来から

今の自分を想った時、

 

あなたは

今の自分を

どのように感じ取る

でしょうか?

 

そして、

今の自分に対して

どのようなメッセージを

伝えたくなるでしょうか?

 

・・・・・・

 

上記の方法を

「感覚」を大事に

何度かやってみて

ください。

 

すると「感覚」が

研ぎ澄まされて

来ます。

 

私がよく言う

「実在」

とは、

まずは「感覚」で

感じ取るものです。

 

本当は、

「感覚」すら超えた、

つまりは

脳の感知する五感を

超えた部分で

得られるものこそが

「実在」なのですが、

 

そこに至るまでの

最も近道が

「感覚」を研ぎ澄ます

ということなんです。

 

上記の方法を

イメージではなく、

「あるがままの感覚」

として

楽しめるようになると、

結構面白い

発想が生まれます。

 

それは、

今の私達の

100年という人生の枠

を超えた、

超然とした自分自身

からの

メッセージです。

 

つまりそれは、

高い次元の自分自身の

メッセージと

イコールなのです。

 

つづく

 

すべては私である感覚を探そう

海に沈む夕日を眺めた時、

美しいなぁ、

と思う人は多いと思います。

 

しかし、

あの美しさは

私の中にもあるものだ、

という感じ取り方をする人は

どれだけいるでしょうか?

 

こんな書き方をすれば、

「いやそれは気持ち悪いでしょ」

とか

「そんな感じ方する人って

傲慢じゃないの?」

とか

「自己陶酔だ〜」

とか、

そんな声が聴こえてきそうです。

 

確かにそれを

頭(思考レベル)で思っていたら

そうかもしれません。

 

しかし

いかがでしょうか?

 

ほんのわずかでも

皆さんの中には

その「感覚」が

存在していないでしょうか?

 

あくまで

「感覚」

です。

 

世界は美しい。

だから私も美しい。

・・・という

「感覚」

です。

 

ほんのわずかでも

確かにそれ、

あるかもしれない、

と思えたのでしたら、

今度はその感覚を

体のどこで感じ取っているのか?

を特定してみて

ください。

 

すぐにはわからない人は、

美しいものを観察しながら、

身体中に意識を向け、

その美しさを最も敏感に

感じ取っている部分を

探します。

 

体の部分が特定できたら、

そこが皆さんの

高次元の自分の意識を

最も感じ取りやすい場所

です。

 

とても単純に言えば、

その、体の部分が

・気持ち良いという感覚にあるか?

・気持ち悪いという感覚にあるか?

にいつも意識を向けておいて

ください。

 

気持ち良い時は、

高次元の自分の意識が

出やすくなっている瞬間です。

 

気持ち悪ければ、

低次元の自分で

考えたり動いたりしています。

 

そして、

自分が

・どのような想いに基づいて、

・どのように物事を発想し、

・どのように行動している時が

気持ち良い時なのか?

を理解できるようになると

とてもよいです。

 

そういった自分の傾向を

大切にしながら

日々を過ごせば、

高次元の自分の意識が

出やすくなり、

真本音度合いも高まります。

 

大切なのは

すべて「感覚」で

行なうことです。

 

「感覚なんてわからない」

と言われる人も

いるかも知れませんが、

感覚というのは

養うことができます。

 

自慢ではありませんが、

昔の私は

こういうことが誰よりも

からっきしダメな人間でした。

 

でもやり続ければ、

ある時から途端に

わかるようになりました。

 

ほとんどの力は

継続によって

身につけることができます。

 

こういうことは

継続することを

お勧めしますよ。

 

つづく

 

あえて思考ゼロのまま、発想を進めてみる

木村さんと弓江さんの

二人コーチング。

脱皮時の原理原則に則り、

新規事業プロジェクトチームのペアの組み合わせを

改めて考え直そう、ということになりました。

 

では、どのような基準で

ペアを組み直すか?

 

その私の問いに対して、木村さんは

「ペアをどう変えようか?と考えようとすると、

富士山が噴火しているイメージばかりが

頭の中に出てくるんです。」

・・・と答えました。

 

そのイメージは恐らく、

木村さんの真本音発想がカタチとなって

現れたもの。

であれば、それを

大切にすべきだと私は直観しました。

(→前回記事)

 

「でも、イメージは鮮明ですが、

意味がよくわからないのです。」

 

「じゃあ面白いので、

意味がわからないままで

ペアを組み直してみましょうか。」

 

「そんなことができるんですか?」

 

私はその木村さんの質問には

直接答えず、逆に弓江さんに

訊きました。

 

「弓江さんは、

木村さんのそのイメージ、

共感できますか?」

 

「はい。

私も意味はよくわからないのですが、

すごく共感できます。」

 

「では、弓江さんの心の中で

富士山が噴火しているイメージを

描くことはできます?」

 

「はい。

さっきからもうイメージが

私の中で出来上がっています。」

 

「では、お二人とも

そのイメージをしっかりと今、

心の中に浮かべてみてください。」

 

二人がそうしているのを

私は二人同時に観察しました。

 

これは私の「感覚」になってしまうのですが、

二人同時に観察すると、

二人がまるで「一つ」のように

深い絆で繋がっているような

そんな「感覚」を覚えました。

 

「ありがとうございます。

これは大丈夫ですね。

では、そのイメージを使いながら

ペアの組み合わせを発想してみましょうか。」

 

ここで私は付箋を用意していただき、

一枚一枚の付箋に、一人ずつ

新規事業プロジェクトメンバーの名前を

書き込んでもらいました。

 

「ではまずは弓江さんから

いきましょうか。

弓江さん、先ほどの富士山の噴火のイメージを

しっかりとしながら、

この付箋を使って直観で

二人一組のペアを作ってください。」

 

最初、弓江さんは「えぇ〜?」と

戸惑っていましたが、

ふと、「あっ、なんかわかりました!」と

言いながら、

あっという間に付箋を並べ替え、

ペアを決めてしまいました。

1分もかかりませんでした。

 

「では、木村さん、

富士山の噴火のイメージをしながら、

今、弓江さんに作っていただいたペアを

ご覧ください。

どこか、違和感のあるペアはありますか?」

 

「・・・あぁ、ないですね。

これでOKだと思えます。」

 

と木村さんは言いながらも、

 

「いや、でも、・・・これ、本当に

良いのでしょうか?」

 

・・・と戸惑いの表情。

 

弓江さん自身も

やはり戸惑いの表情。

 

そこには、普通で考えれば

あり得ない組み合わせが

並んでいたからです。

 

つづく