美しさ

やっぱり美しい

 

一つ一つの振る舞いの

美しい人は

 

一貫性が取れている。

 

ここで言う

「美しい」

とは、

いわゆる表面的なもの

ではない。

 

好き・嫌い

とか

好み

とかを超えたものだ。

 

そういった意味では

本来は、

すべての人に

その人ならではの美しさ

必ずある。

 

それは

本当にその人にしか

ないもの。

 

オンリーワン

である。

 

その美しさを

醸し出すことこそが

「その人らしさ」

の本質だ。

 

だから例えば、

一見するとあまりにも

乱暴な感じが

表面的にはしたとしても、

 

よ〜く観ると、

それこそがその人の

その人にしかない

美しさだったりする。

 

それが見事に

醸し出されている時、

その人は

周りの人達を自然に

惹き込む。

 

影響力を

発揮する。

 

私の仕事の醍醐味は

その

人それぞれの美しさの

発掘である、

 

と言ってもいい。

 

それはまるで

原石が宝石の輝きを

発する瞬間であり、

 

その瞬間に居合せる

のは、

私にとっては

人生の最大の悦びの

一つとも言える。

 

今日、実は

ある人のコーチングで

そんな瞬間を

迎えることができた。

 

嬉しかった。

 

・・・・・・

 

「一貫性」とは、

 

その人の

「願い」

「役割」

「能力」

「行動」

完全一致することで

高まるもの。

 

もちろんその要素の

一つ一つが

真本音に基づくもの

でなければ、

完全一致は

不可能だ。

 

一貫性の高まった

人は、

その人ならではの美しさを

高め、

それが他者に

影響を与え、

 

他者の一貫性までをも

高めていく。

 

他者の美しさまでをも

高めていく。

 

一貫性のある人達が

増えることで、

その組織も一貫性を

高めていく。

 

そしてその組織は

美しくなる。

 

美しい経営を

するようになる。

 

そんな人や組織が

増えることが

社会を美しくしていくと

私は考えている。

 

それは

遠い道のりか?

 

遠い道のりかも

しれない。

 

でもそれは

それでも

最短の道のりではないか、

私は思うのだ。

 

つづく

 

美しい生き方とは

 

迷うことは

悪いことではない。

 

むしろ、

迷うからこそ人生は

進む。

 

迷うからこそ

その先の成長・進化に

つながっていく。

 

迷うことは

悪いことではない。

 

しかしもし問題が

あるとすれば、

それは

 

答えを出すことを

あきらめることだ。

 

・・・・・・

 

答えを出そうと

努力することは

大変だ。

 

それによる

ストレスもかかるだろう。

 

しかし、

答えをあきらめるストレス

に比べれば、

そんなのは100分の1だ。

 

答えをあきらめる

ということは、

人生をあきらめる

ということだ。

 

そしてそれは

自分という人間を

あきらめるということだ。

 

これによる

ストレスはあまりにも

根本的で苦しく、

 

苦しいが故に

麻痺をする。

 

そして、自分が

そのようなストレスに

苛まれていることに

自分で気づかない。

 

これを別の言葉では

「現実逃避」

と言うのだが、

 

現実逃避ストレスは

あまりに深く

辛いのだ。

 

時々、

「たけうちさんと出会って

前よりも格段に

苦しくなった」

と言う人がいるが、

 

それは単に、

麻痺していたものが

取れてきた

ということだ。

 

最初からそれだけ

苦しんでいたんだよ。

 

私はいつもコーチとして

その人の鏡

になる。

 

私と向き合うと、

自分のその時の本質と

向き合ってしまうことに

なる。

 

だから現実逃避している

人は、

本能的にそれを察知する。

 

そして

私の前から逃げていく。

 

私とは決して

向き合おうとは

しなくなる。

 

それは、

私から逃げている

のではなく、

自分自身から

逃げているということだ。

 

もうそんな

辛い人生は

やめにしないか。

 

・・・・・・

 

悩めば

いいじゃないか。

 

迷えば

いいじゃないか。

 

格好良く進まなくても

いいじゃないか。

 

それが人間だろ。

 

人間の一番の

美しさは、

 

あるがままの自分を

見つめる生き方

だと

私は思うな。

 

答えは出なくとも

答えを見つけようと

する。

 

どれだけ格好悪くても

何としてでも

見つけようとする。

 

そんな意志を持つ人を

私は本当に

美しいなぁ、と

いつも思ってるよ。

 

つづく

 

真摯に一日に向かおう

 

人の「美しさ」とは

不完全なところに

こそ

あると思う。

 

人は

進化するもの。

 

というよりも、

「進化」を

カタチにすると

「人」になる

私はいつしか

思うようになった。

 

進化に必要

なのは

不完全さ。

 

人は常に、

(私達の真本音は

常に)

 

不完全であることを

望んでいる。

 

そういった

意味で、

「完全」や

「完成」は

ない。

 

もちろん、

形の上で

 

いったんの

完全、

 

いったんの

完成、

 

はある。

 

が、

その直後から

私達は

また

歩き始める。

 

完成した、

完全だ、

と思ったのも

つかの間、

 

すぐに私達は

「次」を

求める。

 

それが

人間なのだと

思う。

 

・・・・・・

 

昨日、

私はこのブログで

「美しい一日」

について

書いた。

 

それは

101%ではなく

100%の一日

である、

 

と書いた。

 

そしてそれこそが

「最大速で進む」

ことに

なると。

 

しかし、

その「100%」

とは、

 

その日

その時に

私達が感じる

「100%」であって、

 

例えば

その次の日に

同じレベルの

一日を創れたとして、

 

もう私達は

それを「100%」だとは

思えなく

なるだろう。

 

つまりは、

私達の「100%」

そのものが

進化をする。

 

それが

私達人間の

本質だ。

 

だから

もう一度言う。

 

私達は

無理をして

101%以上を

目指すのではなく、

 

100%を

しっかりと実現

することにより、

 

最大速で

進化を続ける

のだ。

 

そしてその

「100%で進む自分」

であることを

 

『等身大』

 

と言う。

 

等身大の自分

こそ、

自分の本来の

魅力が

溢れる自分

である。

 

そして当然だが、

その

「等身大」そのものが

進化をしていく。

 

等身大で

いることこそが

最大速の進化

呼ぶのだ。

 

・・・・・・

 

今日の私は

「何をしようか?」

 

そして

今日の私は

「何をしないか?」

 

毎日、

一日一日

しっかりと

決めよう。

 

その上で

真摯に

一日に向かって

行こう。

 

これを

本当にきちんと

できると、

 

だんだんと

肩の力が

抜けてくる。

 

本質的な

気楽さが

生まれる。

 

一日の

満足が

高まるからだ。

 

不安というものが

激減する。

 

自分は

やることを

ちゃんとやっている、

 

という実感は

私達を

とても強くする。

 

真摯に生きる

ことこそが、

 

私達を

最も楽に

してくれるのだ。

 

つづく

 

もっともっと美しくなろう

 

私は、

人の美しさ、って

どこに感じるか?

と言いますと、

 

その人の一貫性

 

に感じます。

 

つまり、

その人の本当の想い

があって、

その想いが

そのまま普段の行動や

振る舞いに現れていて、

 

さらにその想いが

何らかの結果として

カタチとして

結実している。

 

そんな人を見ると、

格好いいなぁ、

と感じるのと同時に

美しいなぁ、

と思うのです。

 

実際、

そういった人の空気感は

とても居心地がよく、

一緒にいるだけで

幸せな気分になります。

 

真本音度合いが高まる

とは、

言葉を変えれば

一貫性度合いが高まる

とも言えるのです。

 

・・・・・・

 

逆に言えば、

どれだけ想いが強くても、

それが想いだけで、

普段の行動に現れず

カタチになっていないまま

そのままを放置している人

を見ると、

私は美しさを感じません。

 

むしろ

想いが強い分、

そのギャップに対して

気持ち悪さを感じます。

 

その気持ち悪さは

本当は

本人もよく感じていて、

それがエンティティに

なったりします。

 

ちなみにエンティティとは、

ストレスがある一定以上の

濃度になり、

実体化したものです。

 

日本語に訳すと

「生き霊」となります。

 

ちょっと怖いですが、

これは人間であるならば

ほぼ全員の人が常に

持っています。

 

エンティティの強い人は

それをまるで風邪のウィルスのように

周りに伝染、伝播させます。

 

すると周りの人達は

そのエンティティを受け取り、

みんな、心の調子が

悪くなります。

 

私は組織活性化の

ご支援に入る場合、

まずはこういったエンティティ対策を

します。

 

まぁ、この辺りのお話は

別記事で書かせていただきますね。

 

とにかく、

人は自分自身の一貫性を

大切にしており、

一貫性のない自分を

感じると、

かなり大量のエンティティを

発生させます。

 

私はまずは

お一人お一人の

一貫性の度合いを

高めることを

人や組織のサポートの

ファーストステップと

しています。

 

・・・・・・

 

要するに、

想いだけでは

ダメなんです。

 

想いだけで

何もやらない人のことを

悪い意味での評論家と

言います。

 

組織において

悪い意味での評論家が

増えれば、

その組織は間違いなく

落ちて行きます。

 

ですので、

 

①まずはその人の

真本音の想いを

明確にすること。

 

これが大事ですが、

次に必須なのが、

 

②その想いを

カタチにすること。

 

が超重要です。

 

そしてもし、

お一人お一人が

②ができるようになれば、

ある意味、

自然に組織は調和を

始めます。

 

そして

③その調和を助長して

さらなる相乗効果を起こす。

 

のが、組織活性化の

次のステップとなります。

 

・・・・・・

 

さて。

 

②に関しては、

私はいつも結構、

かなり厳しいと思います。

 

厳しい、というのは、

私が厳しくなる

という意味です。

 

想いがあるのに

それをやらない人に

対して、

私は厳しいです。

 

厳しくなければならない

と思っています。

 

真本音の想いに

気づく前の人に

厳しくすることは

できません。

 

なぜなら、

その人の心はまだ

脆弱だから。

 

自分自身の真本音と

出会っていない人の

心は、

脆弱です。

 

弱い人に厳しくしても

潰れてしまいます。

 

しかし、

自身の真本音の想いや

願いに気づいた人は

まるで「大地」に

ガッシリと立ったかのような

安定感と強さを

得ます。

 

そうした人には

厳しくできるのです。

 

その厳しさが

具体的にはどのような

ものか?については

今回は触れませんが、

(もちろん、怒鳴ったり

するような類のものでは

ありません。)

 

その人の真本音が

求めている厳しさ

というものが

必ずありますので、

私はそこに素直に

お応えするのですね。

 

もちろん、

そういった厳しさは

本来私が行なうことではなく、

その組織を構成している

人達同士ができるように

なると本当に素晴らしいです。

 

そんな状態にすることが

私のサポートの

目的の一つですね。

 

美しい人が増え、

美しい人達が

さらに美しい人達を

育成していける。

 

そんな組織にするのが、

私のサポートの

基本です。

 

つづく

 

すべては私である感覚を探そう

海に沈む夕日を眺めた時、

美しいなぁ、

と思う人は多いと思います。

 

しかし、

あの美しさは

私の中にもあるものだ、

という感じ取り方をする人は

どれだけいるでしょうか?

 

こんな書き方をすれば、

「いやそれは気持ち悪いでしょ」

とか

「そんな感じ方する人って

傲慢じゃないの?」

とか

「自己陶酔だ〜」

とか、

そんな声が聴こえてきそうです。

 

確かにそれを

頭(思考レベル)で思っていたら

そうかもしれません。

 

しかし

いかがでしょうか?

 

ほんのわずかでも

皆さんの中には

その「感覚」が

存在していないでしょうか?

 

あくまで

「感覚」

です。

 

世界は美しい。

だから私も美しい。

・・・という

「感覚」

です。

 

ほんのわずかでも

確かにそれ、

あるかもしれない、

と思えたのでしたら、

今度はその感覚を

体のどこで感じ取っているのか?

を特定してみて

ください。

 

すぐにはわからない人は、

美しいものを観察しながら、

身体中に意識を向け、

その美しさを最も敏感に

感じ取っている部分を

探します。

 

体の部分が特定できたら、

そこが皆さんの

高次元の自分の意識を

最も感じ取りやすい場所

です。

 

とても単純に言えば、

その、体の部分が

・気持ち良いという感覚にあるか?

・気持ち悪いという感覚にあるか?

にいつも意識を向けておいて

ください。

 

気持ち良い時は、

高次元の自分の意識が

出やすくなっている瞬間です。

 

気持ち悪ければ、

低次元の自分で

考えたり動いたりしています。

 

そして、

自分が

・どのような想いに基づいて、

・どのように物事を発想し、

・どのように行動している時が

気持ち良い時なのか?

を理解できるようになると

とてもよいです。

 

そういった自分の傾向を

大切にしながら

日々を過ごせば、

高次元の自分の意識が

出やすくなり、

真本音度合いも高まります。

 

大切なのは

すべて「感覚」で

行なうことです。

 

「感覚なんてわからない」

と言われる人も

いるかも知れませんが、

感覚というのは

養うことができます。

 

自慢ではありませんが、

昔の私は

こういうことが誰よりも

からっきしダメな人間でした。

 

でもやり続ければ、

ある時から途端に

わかるようになりました。

 

ほとんどの力は

継続によって

身につけることができます。

 

こういうことは

継続することを

お勧めしますよ。

 

つづく