「実在」と「イメージ」とは
まったく異なるものです。
「イメージ」とはあくまでも私達の頭の中で
創り出したもの。
悪い言葉で言えば、妄想と同じです。
しかし「実在」は、実在と言うだけあって
実際にそこに存在するものです。
ただし、私達が生きているこの3次元の
現実世界の事象としては、
捉えることができない、と言うだけのことです。
私達が現実世界で捉えているものはすべて
私達の脳で捉えているものです。
視覚・聴覚・体感覚。
つまりは五感と言われるものはすべて
脳という機関を通じて捉えているものです。
しかし、私達の脳で感知できる周波数は
非常に限られています。
脳で感知できないものの方が
圧倒的に多いのです。
脳では感知できないが、
確かにそこに存在しているもの。
それが「実在」と私が呼ぶものです。
それは霊感ですか?
と訊かれることもありますが、
霊感ではありません。
もちろん、幽霊というものも
脳では普通は感知できない周波数だと
思いますので、実在の一つかもしれませんが、
私自身は幽霊を感知することはありませんので、
よくわかりません。
もし、幽霊というものがあっとしても、
それは恐らく、エネルギーレベルとしては
かなり弱いものだと思いますので、
私が感知できないだけかもしれません。
私は、エネルギーレベルの高い実在を
感知することができます。
エネルギーレベルの高い実在というのはつまり、
人の「真本音」です。
そしてそういったエネルギーレベルの高いものを
感知する能力は、
本当は誰もが持っています。
しかし、
使わないだけなのです。
使い方を知らない、とも言えますが。
「真本音」とは圧倒的にエネルギーの高いものです。
ですから、「実在」を感知する能力がつけば、
「真本音」の存在感は
否が応でもわかります。
本当の意味で、
「実在」を感知するためには、
脳を使わずに感知する力を高めることです。
その力が伸びれば、
脳を使わずに物事の本質をつかむことが
できるようになります。
脳(五感)を使って捉える物事が、
いかに薄く、淡いものであるか、ということも
まざまざと知ることになります。
その能力は、
きちんと訓練をすれば誰もが伸ばすことが
できますが、
そのためには、まずは
五感(脳)を使って実在を捉える、というのが
ファーストステップです。
二人コーチングの場で、
弓江さんの脱皮をサポートするにあたり、
弓江さん自身に、古い皮がどうなっているかを
見てもらったり、
木村さんに、その皮をもぎ取ってもらったりしたのは、
「実在」を感知する力を伸ばす訓練の一つ
でもありました。
弓江さんも木村さんも
かなり的確に「実在」を捉えていました。
そして実際に、
弓江さんは「脱皮」を果たしました。
(→前回記事)
弓江さんは、
「正義」という名の古い皮を
手放しました。
そこから解放されたのです。
結果的に、
弓江さんの古い皮は私が受け取りました。
私は腰がドーンと重くなるのを感じました。
そして、言いようのない苦しみを覚えました。
この苦しみは、
無意識に弓江さんが味わい続けていた
ものです。
私はすぐに、その古い皮を
浄化しました。
今はコーチングのその場で
同時並行で浄化できますが、
以前の私にはそれができませんでした。
一日のコーチングが終わって
家に帰ってから必死に浄化をする、
という毎日が何年も続きました。
時には、浄化が
次の日の朝までかかることもありました。
いえ、
何日もかかることもありました。
浄化力というのも
訓練によってかなり高まります。
今はその場で大半のものは浄化できますので、
随分と楽になりました。
私は、コーチには、
・「実在」を感知する力
・「実在」に変化を起こす力
・「実在」を浄化する力
が必要であると思っています。
そういった力を持ったコーチを
養成するというのも
私の使命の一つだと思っています。
つづく
木村さんとお話しした後、
(→前回記事)
私は少し弓江さんともお話をしたく
なりました。
あえて1対1で
お話ししたいと思いました。
弓江さんはすぐに時間を
取ってくださいました。
さっそく私は本題に入りました。
「弓江さん、突然の展開でしたね。
プロジェクトメンバーが半分に縮小されることになり、
今はどんなことを感じていらっしゃいますか?」
「木村とも話していたのですが、
実はそれほど驚いたわけではありません。
何となくこうなることは
わかっていたような気がします。」
「特に気負いもなさそうですね。」
「はい。
むしろ、スッキリした気分です。
今の縮小されたメンバーだけの方が
正直言いまして、やりやすいです。」
「木村さんは、これで生産性が
上がるのではないか、と言われてました。」
「私もそう思います。
もちろん、残されたメンバーは未熟です。
能力も経験も高めなればいけませんが、
それはさほど難しいことのように
思えません。」
やはり弓江さんは
今回のこの展開をニュートラルに
受け止めているようです。
しかも私は彼女から
一種の覚悟のようなものを感じました。
「何となくですが、
今の弓江さんからは覚悟のようなものを
感じるのですが、自覚ありますか?」
「覚悟ですか・・・。
それほど大仰なことではないと思いますが、
私は、たけうちさんがおっしゃったように
チームにおけるコーチとしての在り方を
貫こうと思っています。」
「具体的にはどういったことに
注力されるのですか?」
「まずは、木村リーダーのサポートです。
彼が、これまで以上に本来の彼を出せるように、
私は彼の隣で寄り添います。
そして、メンバー一人一人の育成です。
私自身が前線に立つというよりも、
前線に立つ彼らを育成するということが
私の役割だと思っています。
彼らの成長が、すべてを決めますね。
そう思っています。」
一言一言が
とても腑に落ちる感覚がありました。
すべて真本音で語っているようです。
「私は木村さんから、
もう一歩深くプロジェクトに関わってほしい
という依頼をいただきました。
チームメンバーにも直接関わってほしい、と。
弓江さんはどう思いますか?」
「ぜひお願いします。
私はコーチとしての在り方をしたいと
言いましたが、
そんな私自身がまだまだ未熟です。
たけうちさんにお願いしたいのは、
私を指導してほしいということです。
私をコーチングするというよりも、
私のメンバーへの対し方を現場でご覧いただき、
私を厳しく指導してほしいのです。」
なるほど。
この一言を聴くために、
私は弓江さんとお会いしたのだなと
思いました。
「弓江さん、直観でお答えください。
今のチームの力を数字で表すと
いくつになると思いますか?」
「・・・。 7、です。」
「では、チームの本来の力を
数値で表すと?」
「・・・。 あぁ、大きいですね。
2,470という数字が浮かびます。」
「面白い数字ですね。
しかし、7 と 2,470 ですか。
まだ今のチームは、まったく本来の力を
発揮していないのですね。」
「そうですね。
確かに、彼らの力はまだほとんど
眠ったままです。
脱皮しなきゃ、ですね。」
「その脱皮、弓江さんが起こしますか?」
「えっ? 私にできますか?」
「はい。
当初は私が直接皆さんの脱皮のサポートをしようと
思っていましたが、
弓江さんが彼らの脱皮をサポートする、
ということを大切にしていこうかな。」
「もしそれが可能であれば、
ぜひお願いします!」
大事な方向性が
見つかりました。
つづく
人やチームが脱皮する時に
大切にすべき原理原則の3つ目は、
『物事を深く考えない。
表面上のことだけに目を向ける』
・・・ということでした。
(→前回記事)
私は弓江さんに問いました。
「その原理原則を大切にすると、
これから新規事業プロジェクトが脱皮を
きちんと完了するために、
何が必要だと思いますか?
表面上のことで良いですよ。」
う〜ん、と弓江さんは考え込みました。
すると、木村さんが口を挟みました。
「そういうことで言えば、
さっき弓江が言っていた、
ペアが良くない、
ペアを変えるべき、
ということのような気がします。」
「あぁ、なるほど!」
もともと、新規事業プロジェクトチームが
脱皮をしようとしていることに
気づけたきっかけは、
「ペアを変えるべきではないか」
という検討課題が出されたからでした。
(→【一つになることで、すべてがどんどん晴れ渡っていく】)
新規事業プロジェクトチームは
基本的には二人一組で活動をするそうです。
そのペアの組み合わせが良くないと
弓江さんが直観的に指摘しました。
しかし、二人ともこれまでは
今のペアの組み合わせが最善であると
思っていたのです。
しかしこの二人コーチングの場で考えると、
今のペアに違和感ばかりが出る、
ということでした。
私はその二人の話を聴いて、
なるほど、今のこのプロジェクトチームは
脱皮をしようとしているのだ、
これまで最善だと思っていたことが、
最善ではなくなるんだ、
だから、脱皮のために必要な変化を
ここで起こさなければならないんだ、
ということに気づいたのでした。
そうするとやはり、
「ペアの組み合わせを変える」
というのは、
脱皮のためにも必要なことのように
思えます。
「では、一度、
ペアの組み方を発想してみましょうか。」
「はい、まずは。
それをしないと次の発想が出ない気が
します。」
「これまでのペアというのは、
・お互いの能力が補完できること
・相性がいいこと
を基準にして組んでいたのでしたね?」
「はい。」
「では、これからの基準はどうします?」
しばらく木村さんは
無言でいました。
そして私に何とも言えない不思議な
目を向けてきました。
「たけうちさん、・・・
ちょっとわけがわからないのですが・・・。」
「どうしました?」
「ペアをどう変えようか?と考えようとすると、
富士山が噴火しているイメージばかりが
頭の中に出てくるんです。」
それを聴いて、
弓江さんの目が、
キラッと楽しそうに輝きました。
その二人の様子を見て、
あぁこれは「実在」だな、と私は思いました。
「木村さん、いい傾向ですね。
それは単なるイメージではなく、
木村さんの真本音発想がカタチになった
ものですよ、きっと。
私の言うところの、実在、というやつです。
だいぶ、発想が柔らかくなりましたね。」
木村さんは少し
照れ臭そうに笑いながら言いました。
「でも、イメージは鮮明ですが、
意味がよくわからないのです。」
「じゃあ面白いので、
意味がわからないままで
ペアを組み直してみましょうか。」
「そんなことができるんですか?」
つづく
人や組織が「脱皮」をする時、
平常時とは真逆の原理原則が
働くことがあります。
その一つが、
『不安定をどんどん自分に与え、
しかも無茶をするとよい』
ということでした。
(→前回記事)
さらに、原理原則をご紹介しましょう。
それは、
『未来のことは考えない。
刹那的になるとよい。』
ということです。
脱皮時に、未来のことを発想をしても、
真本音の発想は、
一つも出てきません。
一つも、です。
たとえその時に「これは良いアイデアだ」と
思ったとしても、
脱皮を終えた後で振り返れば、
ほぼ間違いなく、
「どうでもいいこと」に思えてきます。
脱皮の時というのは、
私達は、脱皮そのものに対して
必死になります。
それ以外のことには、
エネルギーをかけないようになります。
ある意味の、省エネです。
特に、未来の発想に関してのエネルギーは
ほぼ、ゼロになります。
そんな状態での発想は、
それこそ悪い意味での刹那的な発想に
過ぎなくなります。
むしろ私は、
脱皮時における未来発想は、
すべて「捨てるべき発想です」と
断言してしまうことも多いです。
ですので、そういったことはやめて、
「今この場をこなすこと」
のみを考えればよいのです。
前回、私は
「脱皮時こそ、自由発想しよう」
ということを書かせていただきましたが、
その自由発想とはあくまでも、
「今、どうするか?」
ということに関する自由発想である
ということになります。
要するに、
「今」
に集中するのですね。
「今のみ」
に集中するのです。
これが、脱皮時における原理原則の
二つ目です。
さて、
原理原則の3つ目をご紹介します。
これについては、
木村さんと弓江さんの二人コーチングの場面に
戻りましょう。
私はお二人に脱皮についての解説を
しました。
その上で、次のように問いました。
「この二人コーチングの真の目的は、
これから脱皮を迎えようとしている
新規事業プロジェクトチームに対して、
何ができるか?
何をしてはならないか?
を発想することだとわかりました。
そんな視点で、
お二人から何かアイデアはありますか?」
二人はじーっと考えていましたが、
弓江さんが口を開きました。
「せっかくですので、
私は脱皮をするならとことん脱皮をした方が
よいと思うのです。
ですので、新規事業プロジェクトの理念とか
方向性とか、改めてゼロベースで考え直すというのも
面白いと思います。」
これは非常に素晴らしい意見ですが、
実は、
「ゼロベースで考え直す」
というのは、平常時にこそすべきことだと
私は思っています。
私は、本当のリーダーとは、
常に、あらゆることをゼロベースで発想し直す人である
と思っています。
ゼロベースからの発想は
非常に意義深いものが多いです。
しかしそれは
平常時にこそ、毎日続けることです。
では、脱皮時はどうでしょう?
脱皮時の原理原則の3つ目は、
『物事を深く考えない。
表面上のことだけに目を向ける』
ということなのです。
つづく
木村さんと弓江さんの二人コーチング。
このままでは新規事業プロジェクトはダメになる、
という二人の危機感が
実は、根底にあることが明らかになりました。
そして、それを打開するためには、
根本的改革よりも、もっと簡単な何かを変えることが
重要である、
ということがわかりました。
(→前回記事)
「で、その方策は、
そろそろ弓江さんの中から
出てきそうですよ。」
「えぇ? 私からですか?」
私達は「一つ」になっていました。
そうなるともう、次に誰から発想が出るか?が
手に取るようにわかるのです。
私は弓江さんから、
「答えがわかりました」という空気感を
受け取っていました。
だから弓江さんに振ったのです。
「弓江さん、まずは表面的なことでよいです。
新規事業プロジェクトチームに関して、
何に違和感がありますか?」
「そういうことでしたら、
さっき木村リーダーが言われたことが
とてもしっくりきます。
つまり、真剣な人とそうでない人の差が
出始めているということです。」
「それは、弓江さんも感じるのですね。」
「はい、感じます。
さきほど木村リーダーがそう言われて
その通りだ、と思ったんです。」
「ではなぜ、真剣な人とそうでない人の差が
広がっているのでしょうか?
木村リーダーのリーダーシップに問題あり、
ということではなく、もっと表面的な問題は
ありませんか?」
しばらく弓江さんはじっと考えていました。
そして、ハッと頭を上げました。
「ペアが良くないです。」
弓江さんの説明によると、
新規事業プロジェクトは多くの場合、
二人ずつのペアを組んで
仕事に取り組んでいるようです。
その組み合わせが良くない、と
弓江さんは言っているわけです。
「今のペアは木村さんが
お考えになったのですか?」
「はい、そうです。」
「どのような視点から考えられたのですか?」
「2点から考えました。
一つは、能力面でお互いに補完し合えるかどうか?
ということ。
もう一つは、お互いに気が合いそうかどうか?
ということです。
私は、ベストの組み合わせだと思っていたのですが・・・。」
すると弓江さんが言いました。
「確かに私も、いい組み合わせだなと
思っていました。
でも、今ふと、違和感が出たんです。
なぜでしょうか。」
私は問いました。
「木村さん、今ここで改めてペアの組み方について
考えると、どんな感覚がします?」
「不思議なことに、
私も違和感しか出てきません。
なんででしょう?
理由がわかりません。」
この一言で私は
合点がいきました。
すべての意味がわかった気が
したのです。
そして、今回のこの二人コーチングの
真の意味もわかりました。
ようやく私の心の中が
スッキリと晴れ渡りました。
「なるほど、そういうことなんですね!」
と、今度は私が叫びました。
二人はキョトンとしました。
つづく
「弓江さん、
これまでの木村さんは、リーダーとして
何をし続けてきたと思いますか?」
この私の問いかけに、弓江さんは
「あぁそうか。
木村リーダーは必死に、
火消しをし続けていたのですね。
大火事にならないように。」
と答えました。
(→前回記事)
それを聴いた瞬間に、
「なるほど!!」
と木村さんは叫んだのです。
弓江さんがびっくりして
木村さんを見つめます。
木村さんは、目を爛々とさせ
私を見つめました。
そして言いました。
「たけうちさん、
私は何かとんでもない勘違いを
していたようです。」
「どういうことですか?」
「私はチームのメンバーに成長してほしいと
心から思っています。」
「はい。」
「そのために、私なりに考えて
あらゆることをしてきました。
もちろん、間違ったこともしちゃいました。
良かったこともありました。
しかし、成果が出たかどうかは別として、
根元がおかしかったということに
今気づきました。」
「根元? それは何ですか?」
「はい。私は、
私が皆を育ててやる!
と思っていたんです。」
「あぁ、なるほど!」
と、今度は弓江さんが言いました。
「それ、すごくわかります。
そこです。私が違和感を感じてたのは。」
「そうなんです。
先ほどこのコーチングの場で、
プロジェクトのミーティングの司会を弓江にしてもらう、
ということを決めたじゃないですか。」
「はい。」
「実は、あの瞬間から、私の頭のどこかでは、
では、どのように弓江を司会者として育てようか?
という思考が始まっていたのです。」
「なるほど。それは疲れますね。」
「その通りです。
私がすべての人を育てなければならないと
思っていた。
そして私なりにそれをしていた。
そして私なりに、その責任を負おうとしていた。
責任感そのものは大事だと思いますけどね。
で、皆がまずい行動をすると、
・・・いや、まずい行動をとる前から、
火消しに走っていた。
それが私のリーダーシップだったんです。」
「なるほど、そういうことですか。」
ここで弓江さんが入ります。
「一見、木村リーダーは
みんなを引っ張って行っているように見えますが、
私から見ると、全然進んでいる感じがしなかったんです。
なんか、火消しばっかりしているようで。
問題が起こる前に問題を消す。
それ自体はいいんですけど。
でも、それって本当に木村リーダーのやりたい
チームなのかな?って。
私の知っている、ロックバンドの木村リーダーは
火消しどころか、みんなに油を注いでいる、
というか。笑」
「確かに、ロックバンドの時とは
真逆の私ですね。
さっき弓江は、チームメンバーが活きていない理由は
私のリーダーシップとは別の原因があるのでは、
と言ってくれましたが、
やはり私が原因のようですね。」
「いや、でも木村さん。
その件に関しては、そうでもないかもしれませんよ。」
「どういうことですか?」
「木村さんのリーダーシップを根本的に変える
ということよりも、もっと単純で現実的なことを
ちょっとだけ変えるだけで、
一気に好転するような感覚がありますが、
弓江さん、どう思います?」
「私も、なんかそう思えます。
答えはわかりませんけど。」
「何となく今回のこの二人コーチングは
弓江さんが責め、木村さんが反省する、
みたいな流れが多いですが(笑)、
そんなに深刻にならなくてもいいような
気がしてきましたよ。
木村さんは、メンバーを育てたいのでしょ?」
「はい。」
「それは大事にしましょうよ。
ただの手法の問題だと思いますよ。」
「そういうものですか。」
「チームの真本音は、
『全員がチームの代表として
お客様と向き合う』
でしょ?」
「はい。」
「そういった木村さんの想いを
もっともっと成果として結びつけるために
何をどう変えるか?を見つけるだけでは
ありませんか?」
「なるほど。」
「で、その方策は、
そろそろ弓江さんの中から
出てきそうですよ。」
「えぇ? 私からですか?」
つづく
弓江さんの直観的な問い、
「新規事業プロジェクトチームは、
このまま行けば、成功すると思われますか?」
これに私は直観的に
「成功しないですね。」
と答えました。
その答えを聴いて、弓江さんも木村さんも
何かが腑に落ちました。
(→前回記事)
この瞬間、私達3人は
本当に「一つ」になったと
私は実感しました。
実はこういった実感は
よくあることです。
こんな時私はいつも、
「すべては自分である」
という言葉に、とても納得します。
これは人数の問題ではありません。
クライアントさんが一人であろうと二人であろうと、
10人であろうと、100人であろうと、
「一つ」になるときには、本当に「一つ」になれます。
しかし、「一つ」になることで
皆がまったく同じ思考や意見を言うようになる
わけではありません。
「一つ」だからこそ、
各々の個性がさらに際立ちます。
そして、様々な意見が出ます。
しかしそれらの意見が「反発」や「争い」を生み出すことは
ありません。
すべてが「調和」という結果に繋がるための
意見です。
「調和」には、「迎合」や「妥協」は
一切ありません。
「強制」も「独裁」もありません。
本当に皆が納得する、「最善の答え」が
そこにあります。
個人個人から「最善の答え」が生み出されるのと同様に
チームにも「最善の答え」が必ずあります。
その答えに行き着くための、
最善の「試行錯誤」と「意見交換」が
「一つ」になることで行われます。
これは、各々の真本音度合いが高くないと
決して起きない現象です。
私はこの状態を
『自律調和』
と呼んでいます。
私がチームコーチングをする目的の一つが
この『自律調和』の状態を創ること
です。
そしてこの状態に入ると、
物事はさらに加速して進んでいきます。
しかもその時間は各々にとって
幸福感に満ち足りたものとなります。
それは例えば、オーケストラが
「一つ」になって最高の演奏をするときの状態と
本質的には同じでしょう。
私は弓江さんに問いました。
「なぜこのままでは、
新規事業プロジェクトは成功しないのでしょう?」
すぐに答えが返ってきました。
「今のチームは、
チームとしてまとまっていますが、
悪いまとまり方をしているからだと思います。」
「それは、どういうことですか?」
と問うと、今度は木村さんが答えました。
「人が活きていない。
誰も、最大のパフォーマンスを発揮していません。
というよりもむしろ、
みんな、死んでます。
お互いの力を打ち消し合っています。」
「その原因は?」
すると弓江さんが、ハッとしたような表情をされ、
次のように言われました。
「私はこれまで、原因をすべて木村リーダーの
リーダーシップにあると決めつけていました。
もちろん広義の意味ではそうだと思いますが、
もっと別の原因がありますね。」
その一言は、
私にとても伝わってきました。
すると、私の中に、別の視点からの問いが
浮かんできました。
私はそれを投げてみました。
「弓江さん、
これまでの木村さんは、リーダーとして
何をし続けてきたと思いますか?」
弓江さんは少し考えてから
言いました。
「あぁそうか。
木村リーダーは必死に、
火消しをし続けていたのですね。
大火事にならないように。」
つづく
人生には節目があります。
生まれ変わる、という言葉がありますが、
実は私達の人生には、何度も
その「生まれ変わり」の瞬間が訪れます。
一度、これまでの自分をすべて「リセット」し、
まったく新たな自分として、
人生を再スタートさせる。
そのように、自分自身の真本音が決めている
瞬間であり、
それは人生において、何度もあることではないのですが、
何度かは、必ず訪れます。
その節目において、
しっかりと、生まれ変わることができるかどうか?
つまりは、
これまでの自分を一度、リセットできるかどうか?
それがその後の人生の展開を
大きく左右します。
ただしリセットと言っても、
それは現象レベル(現実レベル)の話では
ありません。
今の職を辞めなさいとか、
離婚しなさいとか、
友達付き合いを変えなさいとか、
そういった現実レベルのことではありません。
あくまでも、心の問題です。
私の言葉で言えば、
「心の中の実在を変える」
ということです。
ところが、この生まれ変わる瞬間を
逃してしまう人が多いのです。
これまでの自分に執着してしまうのです。
これまでの私はこうだった。
このようにすれば上手くいった。
だから、これからもその通りでいたい。
・・・と。
せっかく、生まれ変わるチャンスが来ているのに、
それを自覚しないどころか、
執着をすることで、何も変わらない、
という人が多いのです。
そうなると、どうなるか?
人生の「苦しみ」の度合いが
一気に深まります。
そしてそれが、現象化(現実化)します。
これまで、何となく上手くいっていたことが、
突然、上手くいかなくなった。
これまで、誤魔化し誤魔化しできたことが
まったく通用しなくなった。
これまで、後回し後回しにしてきたことが
どうにも逃げ道がなくなった。
そのような現実が目の前に現れる場合は、
自分がこれまでの自分に執着してしまい、
生まれ変わりのチャンスを逸しようとしている
わかりやすい合図です。
もしそういった現実が目の前に
あるのであれば、
今からでも遅くはありません。
「生まれ変わろう」と決めることが
とても重要です。
なぜこのようなことを書くかと言いますと、
今その「生まれ変わり」のチャンスに
恵まれている人が、
かつて私が経験したことのないくらいに
多いからです。
みんなが同時に生まれ変わろうとしているのかな、
と強く実感します。
恐らくですが、
この2017年の内に生まれ変わり、
2018年から、新たな自分として再出発しようと
真本音レベルで決めている人が
多いのではないでしょうか。
ですから、ここのところの私のコーチングは、
生まれ変わろうとしている人が、
きちんとこれまでの自分を手放せるように
サポートすることが主になっています。
これまでの自分を
手放すのです。
これまでの自分のパターンを
手放すということです。
心の中で強く
決めるだけでも良いのです。
「私は生まれ変わる」と。
そして、
これまでの自分の経験やパターンに捕らわれず、
ただただ、目の前に展開する「現実」に
ありのままに向かい合ってみてください。
自分の思考によって
物事の判断をすれば、これまでの自分に
捕らわれてしまいます。
そうではなく、
「現実」と向かい合おうと決めた上で、
自分の中から生まれる直観を大事にしてください。
その直観は、
「え〜っ? そんなことできないよ」
と思われるものかもしれません。
これまでの自分のパターンからは
考えられない行動の取り方かもしれません。
でも、その直観に素直に
なってください。
それが、生まれ変わる、ということです。
今回はちょっと
木村さん、弓江さんの二人コーチングのお話は
お休みです。
どうしても今、書かねばと思いましたので、
生まれ変わりについて
書かせていただきました。
明日からまた、
木村さんストーリーに戻ります。
つづく
「夢を持つといい」
とよく言われます。
「夢を持ち、それに向かう人生が
素晴らしい」と。
確かにそうかも知れません。
しかしその「夢」とは
真本音であることが重要です。
反応本音レベルの「夢」であれば、
それを大事にし、
それに向かう努力をすればするほど、
ストレスが発生します。
そして、「夢」に生真面目に
向かう人であればあるほど、
そのストレスは密度を増し、
いつの間にか、エンティティが発生します。
つまりその場合、
夢を持つことで、その人は
苦しみの人生を歩むことになるのです。
ですから私はいつも
申し上げます。
「無理な夢は描かない方がいい」と。
「夢」というものは、
真本音で「今日を生きる」ことの連続により、
自然に「顕在化」します。
「顕在化」と書いたのには
理由があります。
「夢」とは、もともと私達の中に
私達の真本音の中に、
確かに存在しているものだからです。
存在しているのに、自分で気づいていない。
・・・それが多くの人の状態です。
逆に言えば、
存在しているのだから、
それを掘り起こせばいい、
ということになります。
そして、掘り起こすためには、
今この瞬間を、
今日というこの一日を
真本音で生きることです。
これをする人は、
普通に、当たり前に、自然に
夢がわかります。
夢に向かう人生となります。
それは決して
力こぶを入れるような
「がんばり」を必要とするものではなく、
ただただ単純に、純粋に、淡々と
そこに向かっていくだけのことです。
ただし、
そんな毎日に入れば、
人の心は、常に満たされた状態となります。
本当の夢とは、
それを実現できたかどうかよりも、
それに向かう一歩一歩こそが
幸せだからです。
しかしそれが真本音の夢であるならば、
それは必ず実現しますけどね。
真本音で今を生きれば、
真本音の夢が見つかり、
真本音の夢が見つかれば、
今を、満ち足りた自分として
自然に生きることができる。
要するに、そういうことになります。
私は、
それこそが「普通の人生」であると
思います。
「普通の人間の姿」であると
思います。
その「普通」を
すべての人がすればいいのに、
と思うのです。
そんな「普通」を取り戻すことが
私のコーチングの目的の
重要な一つです。
さて、
エンティティのお話に戻りますが、
エンティティとは、
そういった「普通」ではない状態の時に
発生します。
ほとんどの人から私はエンティティを
受け取るのですが、
ということは、ほとんどの人が
「普通の人生」を生きていない
ということでもありますね。
西畑さんという人は、
そういった意味で、
「普通の人生」の真逆を行っている
のかも知れません。
(→前回記事)
そして木村さんも、
真本音度合いが下がってしまう時は、
「普通の人生」の真逆を
行ってしまう傾向にあります。
しかもその二人の「傾向」が
似通っていたために、
悪い意味での「共感」をしてしまい、
西畑さんのエンティティが
木村さんに乗り移る、ということが
どうやら起きているようです。
以前に西畑さんと面談した時、
彼は木村さんのことを
「同志です」
と言いました。
しかし、木村さんに張り付いた
西畑さんのエンティティに意識を向けると、
木村さんは、
「お前を引きずり落としてやる。
そう西畑のエンティティは言っています。」
と言われました。
西畑さんが嘘を言っているわけでは
ありません。
彼は、顕在意識では本当に
「同志である」
と思っているのです。
しかし、彼自身が「普通ではない生き方」を
してしまっているために、
「普通の生き方をしよう」としている木村さん、
・・・つまりは、真本音度合いを高めている木村さんに対して
「羨ましい」というところから、
「引きずり落としてやる」
というエンティティを生んでしまっているのでしょう。
実はこのパターン、
非常に多いです。
組織においては、
このパターンのエンティティを除去するだけで、
チームの雰囲気が大きく変わる、
ということが、これまでは何度もありました。
さぁ、ではまずは、
木村さんを西畑さんのエンティティから
解放させてあげなければなりません。
私は木村さんに言いました。
「木村さん、
その西畑さんのエンティティを
愛せますか?」
つづく