未知

行くよ

 

せっかく

未知の世界と

出会ったんだ。

 

そこに向かわずに

どこに向かう?

 

未知の世界は

怖いって?

 

そうだな。

 

確かに私の足も

ブルってるよ。

 

ガクガクガク・・・。

 

このままで

いいじゃない。

 

ブルったままでさ。

 

覚悟ってのは、

怖さをなくしてから

進むことじゃない。

 

覚悟ってのは、

怖くても

進むことさ。

 

無謀はダメだって?

 

そりゃ

無謀はダメさ。

 

でも、

ここは未知の世界

だよ。

 

無謀かどうか

すら

わからないじゃないか。

 

なら、

進むしかない。

 

せっかくここまで

来たんだ。

 

ここに、

この未知の世界の

入口に

たどり着くために

がんばって来たんだ。

 

だから

私は行くよ。

 

一人になっても

行くよ。

 

もし、

 

あまりに怖すぎて

どうしても進めない

場合は、

 

自分のペースを

大事にすればいい。

 

自分の覚悟が

決まったら

進めばいい。

 

でも、

私は行くよ。

 

今、

行くことにするよ。

 

全力でね。

 

ここは、

全力さ。

 

全力とは

この時のために

あるんだから。

 

つづく

 

全力の加速

 

さらに

加速をしてみよう。

 

たとえ

現時点で最高速を

出していたとしても。

 

さらに

加速をしてみよう。

 

それは

未知の領域だろう。

 

これまでの経験の

活かされない

領域。

 

そこに

突入してみないか。

 

自分の範疇で

成長できるのは

当たり前。

 

しかしそれだけでは

私達人間は

物足りないのだ。

 

だから

未知へ未知へ

と向かう。

 

これもまた

一つの本能。

 

その本能に

素直になって

みるのもよいよ。

 

未知の領域に

いる時の

自分は、

 

まるで自分では

ないみたいだ。

 

無我夢中なのだが、

どこか

静かにすべてを

俯瞰している。

 

その独特な

感覚は、

 

新しい自分を

発見する喜びも

伴いながら、

 

私達の全身に

行き渡る。

 

これもまた

人が手に入れられる

幸せの一つだ。

 

加速に

躊躇はいらない。

 

躊躇をすれば

逆に不安定になる。

 

手加減なしに

全力で

加速してしまおう。

 

つづく

 

未知へ

 

これまでに

経験したことのない

新たな一歩を

踏みしめる時、

 

私達には

独特の不安と共に、

独特の悦びが

発生する。

 

一歩、一歩、と

「未知」に進むその

感触を、

まるで自分自身に

刻むように

味わっている。

 

この悦びを、

一人でもたくさんの

人達が

体験できるといいなぁ

と、

最近は毎日のように

思っている。

 

時代は

変わった。

 

以前、このような

選択をしたら

上手くいかず、

こうしたら逆に

上手くいった。

だからこれからも

こうしよう。

 

・・・という経験が

まったく役に

立たないのだ。

 

以前の経験は

あくまでも

「反応本音の時代」

における

経験。

 

しかし今はもう

「真本音の時代」

に入っている。

 

しかもその

時代の潮流に、

世の中全体の土台が

馴染んできた。

 

これまでの

経験則に縛られない

本当に自由な

選択こそが

必要で、

 

それができている時、

私達は

独特の悦びを

得ることができる。

 

人はやはり、

 

人の本質は

やはり、

 

「未知」に

向かうことなのだ。

 

それが

自然体なのだ。

 

つくづくわかる。

 

さぁ、

「未知」へ

行こう。

 

その道のりの

中でこそ、

本当の

安定と安寧は

存在する。

 

進むからこそ

力は

生まれ、

 

未知の道での

未知の力に

包まれることで、

私達は

満たされ

安心する。

 

その、

人間としての

本来(本能)

大事にしようでは

ないか。

 

つづく

 

想像のつかない世界へ

 

海の中を

自由に泳ぐ力と

 

空を

自由に飛べる力の

 

どちらかを

あげる、

 

と言われたら、

あなたは

どちらを選ぶかな?

 

私は

山とか自然が

大好きなので、

たくさんの自然を見るために

空飛ぶ力が

手に入るといいなぁ、

思うが、

 

その一方で、

 

まったく未知の世界

である

海を自由に泳ぐ力

もほしいなぁ、

とも

思うね。

 

で、結局

「未知」

の方を選ぶと

思う。

 

だって

想像がつかない

から。

 

若い頃、私は

海外を

1年半ほどかけて

ゆっくり旅した

ことがある。

 

ヒマラヤにも行き、

エベレストを

この目で

見てきた。

 

標高5〜6000mの

空気が

どんなものか、を

体験することも

できた。

 

もちろんすべての

世界や自然を

見たわけではない。

 

すべての国を

見たわけでも

ない。

 

でも、

何となくであるが、

想像は

できる。

 

この地球の

地表世界が

どんなものか、は。

 

そして、

宇宙にももちろん

行ったことは

ないが、

写真やテレビでは

知っているので

 

やはり

想像はできる。

 

しかし、

海の世界は

謎である。

 

実際、

現時点では人類は、

海の世界はまだ

ほとんど何も

知らないらしい。

 

その

「想像できない」

というのは

魅力である。

 

自分の範疇を

超えた世界。

 

想像の範疇

すら超えた

世界。

 

私はそういった

ものに

憧れる。

 

あなたは

どうだろうか?

 

・・・・・・

 

未知なものに

憧れる

というのは

私達人間の本能

の一つである。

 

深い谷間に

生まれた人が、

 

谷を挟んでいる

山の尾根の

その向こうには

何があるのだろうか?

 

見てみたくなる、

その気持ちは

誰にも湧いてくる。

 

健康であれば。

 

なぜなら

私達は

「進化」の反映

だから。

 

「進化したい」

という願いや

祈りが

カタチとなって

現れたものが

 

私達人間だ。

 

・・・・・・

 

いや、

私は進化など

したくない。

それよりも、

毎日、

安定していたい。

平穏な日々が

同じ日々が

毎日永遠に

続いてほしい。

 

・・・と

言う人もいるだろう。

 

もちろん

私の中にも

それはある。

 

未知の領域

ではなく、

安心の領域に

留まりたいという

欲求がある。

 

しかし

私は思うのだ。

 

この

安心欲求というのは、

 

あくまでも、

 

進化欲求を

助長するために

存在しているのでは

ないか、と。

 

どういうことかと

言えば、

 

もし私達に

進化欲求しか

なければ、

 

未知の領域への

欲求しか

なければ、

 

私達は

危険極まりない

行動・選択ばかりを

するだろう。

 

それでは

生き延びることは

できない。

 

結果として、

進化もない。

 

進化とは

持続性が

必須である。

 

持続して初めて

進化は

自然に成されていく。

 

私達の進化は

私達だけで

終わるわけでは

ない。

 

私達の次の世代

に引き継ぎながら、

 

命を

つなぎながら、

 

永遠に続いて

いくものが

進化である。

 

そのためにも、

安心欲求は

必須である。

 

そして

それがあるからこそ、

進化は

着実に

成されていく。

 

安心が

あるからこその

進化。

 

進化を望む

からこそ必要な

安心。

 

人間とは

まったくもって

よくできている。

 

・・・・・・

 

人と向き合う

ことは

人間探究の旅

である。

 

しかしそれは

自己満足では

まったく

意味がない。

 

探究して

見つけたことは

その次の瞬間に

すぐに

活かす。

 

気づき、

活かす。

 

そしてまた

気づき、

活かす。

 

その連続。

 

それが

「コーチ」という

仕事である。

 

「コーチ」という仕事は

常に自分を

未知の領域へと

いざなってくれる。

 

昨日もまた、

コメント

いただきました。

 

ありがとうございます。

 

まだ返信

できていない人も

います。

 

最善のタイミングで

返信させて

いただきます。

 

コメントは

いつでも

お待ちしております。

(→【コーチ探し、始めます】)

 

つづく

 

怖がらずに加速せよ

 

進むスピードも

ある限界を

超えると、

 

まるで

静止しているような

感覚に

なる。

 

そこには

永遠の静寂

すら

感じる。

 

実はこれが

最も

安定した

状態だ。

 

多くの人は

スピードを

出すことや、

加速することを

怖がる傾向に

ある。

 

特に、

これまで

経験したことのない

スピードや

加速感は

極度の恐怖を

呼ぶ。

 

しかしそれは

である。

 

その恐怖は

幻。

 

実在

ではない。

 

つまり

どこまでいっても

反応本音レベルの

ものでしかない。

 

私達は

本能的に

知っているのだ。

 

どこに

本当の

安定と安心が

あるか?

ということを。

 

・・・・・・

 

加速をするときは

確かに

エネルギーが

必要かもしれない。

 

しかし

一度スピードに

乗ってしまえば、

あとは

それに身を

委ねるだけだ。

 

スピードに

乗ることで、

私達は

余分な力を

抜くことができる。

 

本当に

必要な時に

必要なだけ

力を込めれば

よい。

 

それは

非常に楽チンな

状態である。

 

短絡的に

あえて言えば、

スピードに

乗ってしまえば、

こっちのもん

である。

 

・・・・・・

 

私がサポートに

入らせていただく

企業様は

ほぼ必ず、

 

次のステージに

進もう

 

という強い

意志を持つように

なる。

 

もちろん

私が強引に

そうさせている

のではない。

 

むしろ私は

私の嗅覚で、

そういった企業様に

近づいて

行っているのだと

思う。

 

そういう組織に

関わり、

真本音度合いを

高めていけば、

その組織は

ほぼ間違いなく、

 

不安定期

 

に入る。

 

しかしこれは

決して

悪いことではない。

 

急加速する

前兆だ。

 

未知の領域に

入る決意が

高まるとき、

 

人も組織も

不安定になる。

まぁ、

当たり前の

ことだ。

 

人も組織も

不安定になれば、

多くの場合、

 

止まろう

とする。

 

ここで

「慎重に物事を

進めましょう」

などという

サポートをするならば、

 

そのコーチは

害にしか

ならない。

 

そこでこそ、

 

「もっと前に!」

 

と、

後ろから

お尻を蹴飛ばす

くらいの勢いで

サポートする人こそが

本来の

「コーチ」だ。

 

それができる

人は、

残念ながら

まだまだ少ない

ようだ。

 

なぜなら、

コーチその人も

急加速や

未体験を

怖がるから。

 

しかし

それではもう、

道は

開かないのだ。

 

・・・・・・

 

未知の領域、

未知の次元、

そして

未知のステージに

進もうとしている

人と

組織が

今、

急増している。

 

それを私は

実在のレベルで

強く

実感している。

 

しかし

それを後押しする

「コーチ」が

足りない。

 

圧倒的に

足りない。

 

今のままでは

間に合わない。

 

つづく

 

未知の世界に向かう覚悟を

 

未知の世界

というものに対して、

不安や恐れの気持ちが

出るのが普通ですが、

それらはすべて

反応本音です。

 

私達の真本音は

未知の世界に向かう

ことに対して

至福の悦びを

得ます。

 

それが

人間の本質だから

です。

 

では、

反応本音というのは

真本音を阻害する

存在なのでしょうか?

 

いえ、

違います。

 

反応本音があるからこそ

私達の真本音は

より的確な

次への一歩を

選択することができるのです。

 

なぜなら

もともと反応本音とは

真本音が生み出した

ものだから。

 

現実と

より的確に向き合い、

より誠実に

関わり合うために

生み出したものだから。

 

つまり、

私達の心の中には

本当は

余分なものなど

一つもないのです。

 

私はよく

「手放す」という

表現を使います。

 

「余分なものを

手放すことで

本来の自分に戻っていく」

という

言い方もします。

 

しかし本当は

それすらも

「余分なもの」では

ありません。

 

それは、

「手放されるもの」

であり、

「手放されるという

役割を担うもの」

という

存在だからです。

 

そういった意味で

余分であるという

役割を演じる

必要なもの

なのです。

 

・・・・・・

 

先日、

私のあるクライアント企業様の

社員さんの一人が、

お仕事で大きなミスを犯して

泣いていました。

 

全力で仕事をしたのに、

お客様にまったく

認められないだけでなく、

ミスまで犯したと。

 

「私はこの仕事を

辞めようとまで

思いました」

 

と言いながら、

涙を流しました。

 

「でも、

そんな自分ではいけない

ことはわかっています。

辞めたいなどと考える

弱い自分ではいけないことを。

それではプロでは

ありませんから。

私はもっと強くあらねば

なりません」

 

と、その人は

言われました。

 

そして、

平静を装おうと

していました。

 

いやいやいや・・・、

 

私はそれを

止めました。

 

「あなたは健康ですよ。

何の問題もありません。

 

お仕事で失敗

したのでしょ?

 

全力を尽くしたのに

認められなかった

のでしょ?

 

ミスまでしたんでしょ?

 

泣きたくなるのは

当たり前じゃないですか。

 

私でも泣きますよ。

 

そして、

辞めたくなるのも

当たり前じゃないですか。

 

くじけるのも

当たり前。

 

そういった反応本音が

わっと出て来ている

のだから、

まったくもって健康です。

 

ですから、

もっと、きちんと

落ち込んでくださいよ。

 

中途半端に

浮上しようなんて

思わないでください。

 

ダメですよ。

前向きになっちゃ。

 

せっかくひどい心の状態に

なってるんだから、

そのままひどい状態で

あり続けてください。

 

しっかりと

超マイナス思考になって

とことんまで

落ち込んでください。」

 

そんなことを

申し上げました。

 

必要な現実が

目の前に来て、

必要な反応本音が

湧き起こっているのです。

 

ちゃんとこの経験を

「経験しきる」

ことこそが大切です。

 

それを私達の真本音は

望んでいます。

 

そして

この経験をしきることで、

必ず真本音は

発動します。

 

次へのパワーは

必ず湧き出します。

 

そして、

自分の進化のために

次に自分が

何をすればよいか?

必ず観えて来ます。

 

・・・・・・

 

私達は

私達の真本音を

もっと信じた方が

いい。

 

私達の真本音は

未知の世界に

突き進もうとしています。

 

そのために

自分にとって

最も必要な経験を

プレゼントし続けます。

 

何が起きても

自分自身の

真本音を信じ、

 

あらゆる現実と

真正面から

向かい合い続ける。

 

その生き方(行き方)を

する覚悟を持てば、

 

流れは

あっという間に

始まるのです。

 

つづく

 

冒険に出ませんか?

 

新しい世界に

入る。

 

未知の世界に

足を踏み入れる。

 

・・・というのは

あなたにとって

ワクワクすることですか?

 

それとも、

不安ばかりが

生じることですか?

 

実はですね。

 

この仕事を22年やり続けて、

一つ強烈にわかった

ことがあるんです。

 

新たな世界

未知の世界に

入ることを

恐れ、

 

「私はこのままでいい!」

 

と思っている人は、

余程のことがない限りは、

 

「食わず嫌い」

 

なんだ、ということが。

 

「今、このままの

状態が

永遠に続けばいい」

 

と心底から

願っている人は

ほぼ、

いないのです。

 

これが

私達人間の本性であり

本能です。

 

私、

このままでいい。

 

私、

自分を変えたくない。

 

というのは

とても不自然な

ことなのです。

 

人として

不自然なのです。

 

ちょっと極端に

聞こえるかも

しれませんね。

 

でも、

人と向き合えば

向き合うほど、

どうしても

そう思えるのです。

 

みんな、

自分を変えたくて

しょうがないのです。

 

・・・・・・

 

あまり経験で

ものを言うのは

どうかな?

と思うのですが、

 

でもあえて

書きます。

 

私の体験上、

「私は私を

変えたくありません」

言っている人ほど、

いざ、

未知の世界に

足を踏み入れ、

自分の変化を

自分で感じ取ると、

 

びっくりするくらいに

変化すること自体を

楽しみ始めます。

 

まぁ、

かく言う私自身が

そうだったのですが。

 

そして、

どんどん

変わり続けること自体が

自分自身に

安定と安寧を

もたらしてくれることを

私達は知るのです。

 

安定や安寧を

求めるが故に

自分が変わることを

状況が変わることを

頑なに拒んでいたのに、

 

そこには

安定も安寧もなく、

ただただ

不安だけが日々

募るだけ。

 

いざ、

未知の世界に

足を踏み入れ、

自分が変わり始めると、

そこで初めて

真の安定と安寧を

得る。

 

こんなカラクリ

ありなの?

 

と私はよく思うのですが、

でもこれが

私達人間なんですね。

 

進めば進むほど

安定し、

止まれば止まるほど

不安定になる。

 

進めば進むほど

刺激は増え、

 

ということは、

「刺激」と「安定」は

比例する

ということです。

 

本質的には。

 

・・・・・・

 

私自身は

と言えば、

私はもっともっと

自分を変えたいです。

 

自分でも知らない

自分自身を

もっともっと

見たいですね。

 

そしてそれ以上に

もっともっと

自分の知らない世界を

見てみたい。

 

これまでも結構

冒険はしてきた方だと

思うのですが、

 

いやぁ。

 

本当の冒険は

ここから、かな。

 

そう思っています。

 

私は

もっともっと

冒険できるし、

 

あなたも

もっともっと

冒険できます。

 

せっかくの

人生なので、

同じところに

留まっていないで、

どんどん

進んでみましょうよ。

 

これまでの最高速を

遥かに超える

かつてない

スピードで、

あなたも前に前に

進んでみませんか?

 

つづく

 

 

<ご案内>

本当の意味で

自分と向き合う

ことをしますと、

 

私達人間は

じっとしていられなく

なります。

 

人生をどんどん

進めたくなるのです。

 

そして

そのための

具体的な術が

観えるようになります。

 

いえ、

正確に言えば、

すべてが観えるわけでは

ありません。

 

時には、

次の一歩のみが

観えるというケースも

あります。

 

しかしそれでも、

次の一歩は

観えるのです。

 

そしてその一歩を

素直に

進んでみる。

 

その連続で

人生はどんどん進み、

どんどん加速します。

 

これまで

経験したことのない

楽しく充実した

展開を

私達の真本音は

私達自身に

プレゼントします。

 

そんな人生に

シフトチェンジしませんか?

 

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