最高!の交差だ

 

交差する。

 

人と人が

交差する。

 

その時、

「火花」が飛ぶ。

 

その人とその人で

なければ決して

生じない独特の

「火花」だ。

 

それは

交差のタイミングに

よっても変化する。

 

つまり、

その「火花」は

奇跡的とも言える確率で

発生する。

 

そのように生まれた

「火花」の積み重ねで

私達は私達の人生を

創り、

そして

歴史を創って来た。

 

真本音度合いが

高まると

何が変わるかと言えば、

 

その「交差」が

変わる。

 

絶妙のタイミングで

絶妙の縁が

生まれるのだ。

 

それはある意味

「最高!」

と言ってもいい。

 

その「最高!」を

毎日のように

創り出せるようになる。

 

つまりそれは

「最高!」の人生だ。

 

傲慢な言い方を

あえてさせていただくが、

 

私は人類のこれからの

歴史を

「最高!」にしたい。

 

そのためには、

「最高!」の人生を

創り出すことのできる人、

 

自力でそれが

できる人を

一人ずつ増やすこと。

 

私自身が増やすことは

できないが、

増えて行くのを

サポートすることは

できる。

 

そして私と同じように

サポートできるコーチも

増やしたい。

 

あぁ、

やりたいこと

だらけだ。

 

残りの人生の時間が

少な過ぎる。

 

つづく

 

人生と人生の結び目を創ろう

 

人生を、

一本の糸に

喩えてみましょう。

 

自分の人生を

赤い糸だと

思ってください。

 

そして、例えば

Aさんの人生を

青い糸だと

思ってください。

 

赤い糸と

青い糸が

交差する瞬間が

あります。

 

要するに、

ご縁のある状態、

出会いの瞬間

ですが、

 

交差した瞬間から

その人との展開は

以下の二つのいずれかに

分かれます。

 

一つは、

交差するだけの展開。

 

もう一つは、

交差した瞬間に

共に

「結び目を創る」

展開です。

 

前者は、

交差したその時は

共に人生の時間を

共有しますが、

その後に

またそれぞれの

糸(人生)をたどって

行きます。

 

後者は、

「結び目を創る」

ことで、

その後、それぞれの糸を

たどったとしても、

必ずまた次の

交差の瞬間が来ます。

 

もしそこでまた

「結び目を創る」

のであれば、

さらに二つの糸は

その後も

交差を続けるでしょう。

 

「結び目」は

創れば創るほど、

一心同体に近づいて

いきます。

 

赤い糸と青い糸が

統合され、

融合され、

紫色の糸として

進化していくかも

しれません。

 

・・・・・・

 

大切なのは、

結び目を創る

人とは

きちんと創ること。

 

そして逆に、

結び目を創らない

人とは

決して創らないことです。

 

ここを間違えると、

二つの糸の

調和が乱れます。

 

つまり、

人生がお互いに

乱れていきます。

 

時々拝見するのですが、

どんな人とも

必死に「結び目」を

創り続けようとしている人が

います。

 

「結び目を創る」

ことが

人を大切にすること

であると、

ご縁を大切にしていること

であると

勘違いしてるのです。

 

・・・・・・

 

自らの真本音を

大切に生きていれば、

今出会ったこの人が

結び目を創るべき人かどうか、

すぐにわかります。

 

結び目の

本質的な創り方は

簡単です。

 

この人とは

結び目を創るんだと

自分自身にOKを

出せばよいのです。

 

そしてその

OKの意識で、

相手の目を見つめます。

 

すると

その瞬間に

はっきりとした絆を

感じます。

 

それは

一瞬のこと。

 

こうやって

結び目を創るべき人達と

一つ一つ丁寧に

出会いを楽しんでいく。

 

これも

人生の醍醐味の

一つですね。

 

つづく

 

その人達の不仲は改善されるのか

出会いというものは

必然です。

 

しかし

出会いというものは

相手のあることです。

 

自分だけの思うままに

行われるものでは

ありません。

 

たとえ自分自身の

真本音度合いが

高まったとしても、

次元が上がったとしても、

相手の準備ができていなければ、

出会いは起こりません。

 

自分の準備と

相手の準備が

きちんと完了した上で

初めて実現するもの。

 

それが

出会いです。

 

そういった意味で、

出会いとは

悦びです。

 

真本音レベルでの

深い悦びです。

 

ところで、以前に

次のようなご質問を

いただきました。

 

「本当は

出会ってはいけない人との

出会いというのは

あるのでしょうか?」

 

はい。

 

実は、

本当は出会ってはいけない人との

出会いは

実際にあります。

 

例えば、準備という視点で

言えば、

まだお互いの準備ができておらず、

本来であれば

真本音レベルでは

まだ出会いたくないと

思っているにも関わらず、

出会ってしまった

というケースはあります。

 

本来であれば、

お互いの真本音度合いと

次元がある一定以上に高まり、

そこで出会うことで

お互いが調和し

相乗効果によって

人生展開が加速する、

・・・そういった相手であったとしても、

タイミングを外した出会いをすることで

不調和が起きてしまいます。

 

すると、

その人のことを

嫌いになります。

苦手意識が出ます。

 

本来であれば、

その人ほど相性の合う人はいない

というくらいの相手であったとしても

嫌いになり、

足を引っ張り合うのです。

 

実は、

そういったケースが

とても多いのです。

 

特に見られるのが、

経営幹部さん同士。

 

本来であれば、

相乗効果を発揮するはずの

縁のある人同士が

共に会社を運営するのですが、

出会いのタイミングのズレが

すべてをずらします。

 

幹部さん同士の

仲が悪い、

というケースはどこでもあること

ですが、

そのうちの何割かは、

そういった

「出会うタイミングを間違った」

ことによる不調和です。

 

なぜタイミングを

間違ってしまうかと言うと、

簡単に言えば、

その人が真本音通りに

生きていなかったからです。

 

日々、

自らの真本音を無視した

動きを取り続けることで、

人生のありとあらゆる

タイミングが

真本音の望むものと

ずれ始めます。

 

その中で起こる一つの現象が

タイミングのずれた出会い

なのです。

 

しかし、

そういった出会いをしてしまい、

不調和が起きたとしても、

その人同士は

もともとご縁のある人同士ですので、

実は

修正は効くのです。

 

顕在意識レベルでは

誰がどう見ても

仲が悪く、

お互いがいがみ合い

打ち消し合い

エンティティを出し合っている

そんな関係でも、

根本的な改善が

できます。

 

その方法は

極めてシンプルです。

 

お互いの

真本音度合いを

高めればよいのです。

 

真本音度合いを

高めた上で、

お互いが

「本当に向き合う」

という状態を創ります。

 

それにより、

徐々に関係が改善したり、

時には、

一気に相乗効果を起こす

本来の関係に

戻れたりします。

 

「この会社の

経営幹部のAさんとBさんの

不仲がなくなり、

お互いが協力し合えるように

もしなれたとしたら、

どれだけこの会社は

盤石になれるだろう。

何とかなりませんか?」

 

・・・というご相談は

本当に多いです。

 

その場合、私は、

そのAさんとBさんの

真本音レベルのつながりを

確認します。

 

真本音レベルで、

距離が近すぎたり、

本来は出会うべきじゃなかった

人同士が

無理に幹部をされているのか?

 

それとも、

ただ単に、

出会いのタイミングのズレが

引き起こしている不調和なのか?

 

後者の場合は、

かなりの確率で

関係改善ができます。

 

それによりその会社は

本当に盤石になり、

次のステージに進むことが

できます。

 

しかし本当は、

出会うべきタイミングで

出会うのが一番。

 

そのためにも、

私達一人ひとりが普段から

一日一日を大切にしながら

丁寧に

自らの真本音に素直に

生き続けることですね。

 

つづく

 

出会うのも必然、出会わないのも必然

真剣に生きる人であればあるほど、

出会いというものを

大切にしています。

 

ご縁というものを

大切にしています。

 

奇跡の出会い、

という言葉も時々聴きます。

 

私も本当にこれまで

素敵な出会いがありました。

 

多くの人に救われましたし、

多くの人に力をいただきましたし、

多くの人に支えられました。

 

あの出会いがなければ、

今の展開はないだろうな、と

言える出会いばかりです。

 

出会いとは

人生の宝物ですね。

 

しかしその出会いとは

偶然でしょうか?

 

いえ、

そうではないですね。

 

真剣に生きる人ほど、

出会いはすべて必然であることを

どこかでよくわかっています。

 

自分にとって

本当に必要な人と出会うかどうか?

は、高い次元の私達の意識が

決めています。

 

次元が高まれば高まるほど、

「すべては一つ」

となります。

 

次元が低くなるほど、

すべては分離します。

つまり、「私とあなたは別の存在」

と認識します。

 

私達のいるこの現実世界は

「3次元世界」です。

人の存在という視点で言えば

最も低い次元です。

 

ここでは、すべてが

分離しています。

 

ですから、出会いとか

自分に降りかかる物事の多くは

「偶然である」と認識します。

 

分離しているのですから、

たくさんの分離した存在の内の

ほんの一部と出会うのであれば、

確かにそれは偶然と言えるでしょう。

 

しかし高い次元から見れば、

すべては一つであり

つながっています。

 

誰と誰がどう出会うかは、

必然的に決めることができます。

 

実際に、

私達の真本音は、

自分自身の準備が整うことで

「では、そろそろあの人と出会おうか」

と決めます。

 

決めることで、

出会います。

 

出会うことで、

物事が大きく進展します。

 

しかし逆に、

まだ自分の準備が整っていないな、

と思っている内は、

決してその出会いを実現させません。

 

出会いとは、

自分だけでなく、相手もいることですから、

自分と相手と、

両方の準備が整うことが

条件となります。

 

一方の準備が整っても

もう一方が整っていなければ、

その出会いは実現しません。

 

そういったコントロールを

高い次元の私達は

し続けています。

 

高い次元においては、

「私」も「あなた」も

ありません。

「すべてが私」です。

 

こういった話を書くと、どうしても

スピリチュアル的な表現に

なってしまうのですが、

事実はやはりそうなのです。

 

例えば、今日私は、

嬉しいことに5人の方と出会いました。

すべて、ある一人の人からのご紹介だったのですが、

私は昨日からもう、

自分が喜びで溢れていることを

感じていました。

 

なぜならこの5人は、

私にとっても、その5人の皆さんにとっても

人生に多大なる影響を与え合う関係である

ということが明確にわかっていたからです。

 

あぁやっと準備が整ったな、

だから出会うことができるんだな、

ということがわかったからです。

 

ですから今日の私のテーマは、

喜び過ぎないこと

でした。

 

あまりに喜び過ぎると、

エネルギーが溢れ過ぎてしまいます。

 

エネルギーが溢れ過ぎると、

私達の心がそのエネルギーに

呑まれてしまうのです。

 

そうならないように、

今日は一日、ずっと私は私を抑えていました。

 

しかしそれでも実際にお会いすると

嬉しくてしょうがありませんでした。

 

お会いした瞬間から

私達は一つであるという

実感ばかりが湧き上がってきて、

いかんいかん、

この世界では私達は分離しているんだから、

と何度も自分に言い聞かせました。

 

出会いはすべて

必然です。

 

それはすべて

高い次元の自分が

コントロールしています。

 

そして高い次元の自分とは、

すべてが一つ

である自分です。

 

これを、

理屈でなく

当たり前の「感覚」として

実感できるようになると、

世の中はもっと

健康的に進めると思うのです。

 

出会いを大切にするのは

当然です。

だって、

目の前のその人は

自分自身なのですから。

 

これも理屈ではありません。

 

そう考えなさい、

ということでもありません。

 

あぁそうなんだ、と

当たり前の感覚として

実感することなのです。

 

つづく