ちゃんと全部、観てる?

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人の可能性を

信じる。

 

人の光を

感じる。

 

その人の良いところ

を見る。

 

・・・それらはとても

大事なことだと

思うけど、

 

でも、

 

そこしか見ないのは

私には

どうしても現実逃避に

思えてしまう。

 

人には

いろんな部分が

ある。

 

真本音もあれば

反応本音もある。

 

反応本音だって

とても良いものも

あるし、

とても醜いものも

ある。

 

それらすべてを

観て、

理解して、

 

その上で、

 

その人の

可能性を信じ、

 

その人の

光を感じ、

 

その人の良いところに

焦点を当てる

のであれば、

 

それはとても

素晴らしいことだ。

 

人を愛する

とは、

その人の

光の部分のみを

愛すること

ではない。

 

それでは

愛したことに

ならない。

 

その人のすべてを

観ること。

受け止めること。

 

それが

愛の出発点だと

私は思う。

 

そしてそれは

自分自身に対しても

同じことだ。

 

・・・・・・

 

「受け止める」

とは

ただ、受け止める

だけのことだ。

 

「理解する」

とは

ただ、「知る」だけの

ことだ。

 

無理に

「イエスマン」

になる必要はないし、

 

「私はすべてを

許します」

なんて

やる必要はない。

 

私達は

人間だ。

 

自分の等身大

以上のことを

する必要はない。

 

もちろん

成長や進化は

目指せばいい。

 

でも、

今できる最大を

すればいい。

 

好き・嫌い

があったっていい。

 

その自分の気持ちを

また、

受け止めればいい。

 

評価判断

したり、

すべてを大らかに

包み込もう

としたり、

 

そこまでのことは

無理にせず、

 

ただただ

「受け止める」

「知る」

だけで、

愛は始まる。

 

愛とは

エネルギーだ。

 

愛という

エネルギーを

発する人は、

 

すべてを

(自分も他人も)

あるがままに

受け止める

人だ。

 

・・・・・・

 

「コーチ」は

人間だ。

 

人間にしか

できない。

 

人間は

常に未熟だ。

 

常に

成長と進化を

続ける存在だ。

 

今の自分の

未熟さを

評価判断するのでは

なく、

ただそのまま

あるがままを

受け止め、

 

そこから

最大・最善の一歩を

踏み出そうと

し続ける。

 

そういった生き方

をし続ける。

 

その見本と

なるのが

「コーチ」だと

私は思っている。

 

つまりは

「あるがままに生きる」

見本だ。

 

・・・・・・

 

しかし

「あるがままに生きる」

と言うと、

 

「そうか。

今のままの自分で

いいんだ」

 

とよく

誤解される。

 

そういうことでは

ない。

 

自分の

「あるがまま」

を本当に感じ取れば、

 

「今のままの

自分ではなく、

もっともっと私は

前に進みたい」

 

という

人間としての

実に自然な欲求にも

気づくはずだ。

 

そして、

「同じ場所」にずっと

い続けることに

気持ち悪さを感じ、

 

前に進みたくて

いてもたっても

いられなくなるはずだ。

 

だから

「あるがままに生きる」

人ほど、

自然に前に進む。

 

最大速で

進もうとするのだ。

(→【コーチ探し、始めます】)

 

つづく

 

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