個性

個性が開くには

 

デコボコしているのが

人間だろう。

 

デコボコをなくして

丸くなろう、

なんて

不自然なことは

考えない方がいい。

 

逆に、

 

デコボコを伸ばそう!

というのも

むしろ

不自然だ。

 

デコボコだろうが

なかろうが、

どっちでもいいじゃないか。

 

そのままの

あるがままの

自分で。

 

・・・・・・

 

私達には、

真本音によって育つ

デコボコがある。

 

それはほとんどの場合、

自分で認識するのは

不可能だ。

 

自分にとっては

自然体そのもの

の状態だから。

 

真本音の願いを

核に持ち、

その核を活かすから

こそ発生する

デコボコは、

 

その人にとっての

真の個性であり、

 

本来の個性

とも言える。

 

それは意図をして

伸ばすものでは

ない。

 

自分の真の願いに

素直に生きることで

自然に

伸びてしまう個性

だ。

 

・・・・・・

 

ちょっと極端な

言い方だが、

 

個性を伸ばす

ためには

個性を意識するな。

 

個性とは

結果だ。

 

それよりも

今のここにおける

次の一歩を

真剣に決めよう。

 

自分の意志で。

 

自分の願いで。

 

その連続の

結果として、

必然的な個性が

必然的に

伸びていく。

 

・・・・・・

 

大人達が

そのような生き方を

しないと、

 

子ども達の

真の個性が

伸びない。

 

子ども達は

大人達を

いつも観ている。

 

大人達の

真似をする。

 

ちゃんと

自分の人生を

自分の生き方で

進む。

 

そんな大人が

もっと

増えなければ!

 

つづく

 

伸びるとは壊すこと

 

人の個性

というのは、

結構

当てにならない。

 

この人は

こんな個性なんだな、

という印象など、

 

一瞬にして

消えてしまう

ことは多い。

 

だからある時から

私は、

「この人はこうだ」

決めつけないことに

した。

 

その方が

楽しい。

 

そして

決めつけない自分に

なれたからこそ

 

逆に

 

「この人はこうだ」

あるがままに

今のその人を

見つめることが

できるようになった。

 

評価をしている

のではない。

 

あるがままを

明確に言語化

しているだけだ。

 

そして、

 

言語化できた

その瞬間から、

 

その人はその

言語化された個性を

壊しにかかる。

 

人は

壊れる。

 

個性など

壊れてしまう。

 

それでいい。

 

壊れれば壊れる

ほど、

その奥から

 

さらに次の個性が

芽を出す。

 

それが伸びれば

また

壊れる。

 

きっと我々人間は

壊すのが

好きなのだ。

 

壊さないと

次に行けないからな。

 

「個性を伸ばす」

 

とよく言われるが、

確かにそれは

大事だな。

 

でもその本質は

 

「個性を壊す」

 

ということ

なんだよ。

 

つづく

 

余分なものか

 

生きていれば、

様々な「余分なもの」を

私達は

心の中に蓄積する。

 

そしてその

「余分なもの」達に

自分自身が

翻弄される。

 

しかし当の本人は

それらを

「余分なもの」

とは認識せずに、

 

むしろそれらを

「これが私だ」

と認知する。

 

「余分なもの」を

「余分なもの」と

認知せずに

生きるのが私達だ。

 

しかし私はここに

人間の素晴らしさ

があると思っている。

 

人間の

力だ。

 

・・・・・・

 

「余分なもの」の

最大の問題は、

 

そこに目を奪われる

ことで、

自分自身の

「本質的なもの」

忘れてしまうことだ。

 

本来は

「本質」があり、

 

その周りに

「余分なもの」達が

くっついているはず

なのだが、

 

肝心の「本質」が

見えなくなって

しまう。

 

つまりは、

「自分を失う」

という状態だ。

 

だから私の

サポートは、

 

「余分なもの」

はそのままに、

 

でも

「本質的なもの」

ちゃんと思い出そう、

 

とするものだ。

 

そして

ここからが最も

大事なことなのだが、

 

もしその人が

自分自身の

「本質的なもの」を

思い出すことが

できたとしたら、

 

その時点から、

その瞬間から、

 

「余分なもの」達が

「余分なもの」では

なくなってくる、

 

という事実だ。

 

「本質的なもの」

それまで存在した

あらゆる「余分なもの」を

 

一つ一つ丁寧に

「活かす」

ようになるのだ。

 

そこで発揮される

ものこそが

その人の

 

「真の個性」

 

だ。

 

私は、その

「真の個性」で

生きる人が

社会に溢れる状態を

創りたい、

 

と思って

この25年間、

今の仕事をやり続けた。

 

どうすれば

それが実現できる

のだろうか?

 

というのが

私の探究テーマの

一つであり

根幹であった。

 

このテーマは

もちろん

これからも続く。

 

きっと

永遠に続く。

 

しかし今、

明らかに

新たなステージに

入ることができた。

 

人が

「真の個性」で生き、

活かし合う社会は、

 

きっと

深く調和するだろう。

 

次の25年で

私はそこに向かって

邁進したい。

 

つづく

 

これが私の個性です、だって?

 

自分の個性を

自分で

決めつけるのは

 

実にもったいない

ことだ。

 

自分らしさは

大事だが、

 

これが自分らしさだ、

決めつけない

方がいい。

 

これが

自分の個性だ、

などと

自己分析や

自己判断は

 

しなければ

しないほど

良い。

 

・・・と

言いたくなる

くらいに、

 

皆、

自分のことを

誤解している。

 

・・・・・・

 

最近またこのブログでも、

脱皮の話を

書くようになったが、

 

脱皮をすることで

個性が

根本から

変わる人がいる。

 

本当は、

「変わる」

のではなく、

 

まだ隠れていたものが

「芽を出す」

というのが

正確な表現だ。

 

私達には

隠れた個性が

本当に

たくさんあるのだ。

 

例えば、

最近の私の

クライアントさんである

A社長は、

 

これまで

自他共に認める

「リーダー」

だった。

 

とにかく

皆を

引っ張る引っ張る。

 

彼の言うことは

ある意味

「絶対」であり、

 

彼の出す方針

の通りに

進むことが

即、

会社の発展に

つながってきた。

 

そのA社長が

脱皮された。

 

その瞬間から

彼自身は

「引っ張る」ことを

やめてしまった。

 

「引っ張る」ことに

情熱が

出なくなって

しまったのだ。

 

彼は今、

「牽引型リーダー」

から

「調和型リーダー」

へと

変貌を遂げつつある。

 

そこを私が

サポートさせて

いただいているのだが、

 

私からしてみれば、

これまで

「牽引型」であったことが

不思議でならない。

 

だって、

その人の本来の

個性の

真逆だから。

 

よくそんなやり方で

ここまで

やってこれたものだと、

逆に感動する。

 

しかし

彼は、その業界では

ほぼ最高レベルの

仕事をする

会社を創り上げた。

 

だから

能力値が

驚くほどに

高いのだと思う。

 

その「能力」と

彼の「本来の個性」が

これからいよいよ

「合致」

していく。

 

これは

凄いことになりそう

だと、

私は

ワクワクが

止まらない。

 

・・・・・・

 

自分のことは

自分が一番よく

わかっていない。

 

「これが私の個性だ」

なんて

決めつけている

暇があったら、

 

ただ純粋に

自分の「願い」に

意識を

向け続けた方が

良い。

 

本当に。

 

人間は

無限だ。

 

無限に

「自分」は

開発される。

 

自分で自分に

枠をはめるなど、

 

人生の

99.9%以上の楽しみ

自ら捨てている

ようなものだ。

 

そういった意味で

もっと

どんどん

冒険しよう。

 

自分で

自分を

決めつけるのを

やめてしまおう。

 

あなたは

そんなもんじゃ

ないんだ。

 

つづく

 

これがあなたなのか

 

人には

突然に、

そして一気に、

真本音度合いが

高まる瞬間が

ある。

 

その多くは、

人と向き合っている

時だ。

 

その向き合い方も

半端な向き合い方

ではなく、

 

完全に

向き合えた瞬間だ。

 

その瞬間は

フッと、その場の

空気が変わる。

 

場合によっては

目眩に近いものを

私は感じることも

ある。

 

真本音度合いが

一気に高まることで、

まるでその人は

別人になったのでは

ないか、

というくらいの

これまで見たことのない

個性を出すこと

さえある。

 

しかし実は

それこそが

その人の本来の

個性の一端だ。

 

そして、

声。

 

声の質が

変わるのだ。

 

一言一言の

言葉達が

 

トツ、トツ、・・・

 

と胸に

響いて来る。

 

言葉を発する

というよりも、

清らかな音色が

まるで泉のように

湧き出ている、

という表現を

したくなる。

 

その声を

聴くと、

私は全身が

ゾワっとしたり、

 

胸がキュン

としたりする。

 

こういった

場面に出会うと、

 

人とは

神秘の存在だ。

 

と、

否が応でも

思ってしまう。

 

そして、

人の奥深さは

無限ではないか、

とも。

 

真本音状態の

突然の高まりは、

残念ながら

最初はわずかな時間で

終わるかもしれない。

 

しかし

一度でもそれを

体験すれば、

後のサポートは

実に楽だ。

 

一度も体験のない

状態と、

わずかでも一度は

体験した状態

では、

根底の何かが

変わるからだ。

 

その「何か」とは

あえて表現すれば、

 

「自信」

 

なのかもしれない。

 

自信、とはつまり

自分を信じる力。

 

たった一度でも

一気に真本音度合いを

高める体験をすれば、

 

「あぁ私は

自分を信じても

いいかもしれない」

 

と、

どこかで強く

納得するのだろう。

 

それがその人の

佇まいを

変える。

 

本人の自覚の

ないところで、

その人は

どこか毅然となる。

 

その毅然さが

また、

真本音度合いを

高めていく。

 

人間は

神秘だ。

 

と、

素直に実感

できる

今のこのお仕事に

私はやはり

深く感謝する。

 

つづく

 

本当のバランスの良さって?

 

今日のコーチングで

「バランス」

というお話が出た。

 

そういえば私、

「バランスを取ろう」

なんて考えたこと、

これまでの人生で

一度として

あったかなぁ・・・?

 

まぁ一度くらいは

あったかもしれないが、

ほぼ

そういうの無しで

生きてきたなぁ、と

思った。

 

恐らくであるが、

私の場合、

「バランスを取ろう」

と思わずに来たのが、

結果的に

私なりのバランスに

なっていたのかも

しれない。

 

そして

他の人も

そうなのでは

ないだろうか。

 

・・・・・・

 

「自分なりのバランス」

 

これが「個性」

というものなのかも

しれない。

 

そしてその「個性」は

本人が最も

気づいてはいない。

 

なぜなら本来の

「個性」とは

あまりにも「自然」なので、

本人の意図とは

別の次元にある。

 

ということでいえば、

本来の個性で

生きる人は

必然的に

バランスが良い、

ということに

なるのかな。

 

であれば

とても私は

納得できる。

 

たくさんの人と

お会いする中で、

「この人

本当にバランスが

いいなぁ」

と思える人って、

みんな個性的

だから。

 

しかも

その個性を

抑えようと

していない。

 

かといって

あえて個性を

出そうとも

していない。

 

ただ、

あるがまま。

 

やはり、

自然体。

 

そういう人こそ、

とても

バランスがいい。

 

「バランスを取ろう」

としている

バランスは、

ちょっと疲れる。

 

でも、そんな意図なく

自然に取られている

バランスは、

一緒にいて

とても居心地が良いし、

こちらも

安心する。

 

落ちないように

バランスばかりを

気にして

進み続ける人よりも、

 

いっそのこと

自分の翼を手に入れて、

自由に伸び伸びと

大空を飛び回っている人

の方が

バランスなんて

気にする必要がないほど

安定している。

 

そんな

違いかな。

 

・・・・・・

 

だから。

 

バランスを取るために

自分の個性を

抑えよう、

とする必要はないし、

 

やっては

ダメだ。

 

それよりも

もっともっと

自分を解放する。

 

中途半端な

解放こそが、

バランスを悪くする

ので、

徹底的に

解放する。

 

そこが大事かな。

 

で、その「解放」を

私の表現で言えば、

 

「真本音度合いを

高める」

 

ということになる。

 

「解放」とは

決して

「反応本音をわがままに

外に出す」

ことではない。

 

それは

「解放」ではなく、

私には逆に

「自縛」

にみえる。

 

真の解放とは、

真の自分を

出すこと。

 

真本音の自分で

生きること。

 

それをすることで、

その人なりの

バランスは

より際立っていくだろう。

 

そういった意味で、

個性の際立つ

バランスの良いコーチ

私はたくさん育成

したい。

 

そういったコーチは

多くの人に

真のバランスを

もたらすことが

できるだろう。

 

来年に入ったら、

そろそろ

本格的なコーチ育成に

入ろうと思う。

 

コーチの募集に

入ろうと

思う。

 

つづく

 

成功のサポートではなく試行のサポート

人の人生の主導権を

奪ってしまうサポートを

サポートとは言いません。

 

傲慢と言います。

 

傲慢な人ほど、

自分の傲慢さに気づかない

という傾向があります。

 

「傲慢」

とはとても厄介で、

私も随分と

その中にドップリと

陥りました。

 

陥っているときは

気持ちよくてしょうがない。

 

というところが

「傲慢」の

厄介なところです。

 

魂の本当の悦びと、

傲慢さ故の喜びの

区別がなかなかつかないのが

私達人間の性(さが)の

一つです。

 

・・・・・・

 

当たり前のことですが、

すべての人には

各々の個性が

あります。

 

自分とまったく同じ個性を

持った人というのは

世の中には一人も

いません。

 

もちろん、

過去にもいませんし、

未来にもいません。

 

人類の全歴史の中で、

「自分」という人間は

たった一人です。

 

唯一無二の

存在。

 

それが私達です。

 

ではなぜ、

まったく同じ個性が

この世にはないのでしょうか?

 

なぜ私達は

唯一無二の存在

なのでしょうか?

 

その答えは

シンプルです。

 

私達には

「違い」

が必要だからです。

 

「違い」があることで初めて、

私達は進化を遂げる

ことができるからです。

 

「違い」は必ず

多かれ少なかれ

不協和音を生みます。

 

ズレの気持ち悪さを

生みます。

 

それこそが

大切です。

 

ズレの気持ち悪さによって

私達は試行錯誤を

始めます。

 

どうすればこの、

気持ち悪さが

なくなるのだろうか?

 

どうすれば、

私はもっと

楽になれるだろうか?

 

気持ち悪さを

感じれば感じるほど、

その問いは

強いものとなります。

 

その結果、

本気で

試行錯誤に取り組むように

なります。

 

本当は

何が大事なのだろうか?

 

どうすれば、

私達はお互いに

もっと楽になり、

もっと幸せになれるのだろうか?

 

そういった

試行錯誤を繰り返すように

なった意識が

「5次元」

の意識です。

 

4次元の意識とは

「我欲」でした。

 

5次元の意識は

その我欲から一歩踏み出し、

試行に入ります。

 

ですから私は5次元を称して

 

『試行の次元』

 

と呼んでいます。

 

今のこの世の中で

最も主流を占めているのが

この試行の次元、

つまり5次元の意識です。

 

ある意味、

4次元の意識でいる方が

楽です。

 

物事を断定的に

迷いなく捉えることも

できます。

(あくまでも、反応本音レベル

においてでは、ですが。)

 

しかし

試行の次元に意識が上がることで

様々なことに

本気で迷うようになります。

 

悩みが増えます。

 

もちろん

4次元の意識でも

悩みは尽きません。

 

しかし4次元の悩みとは、

あくまでも

自分だけが良くなるには

どうすればよいか?

自分を守るためには

どうすればよいか?

という、

自分本位の悩みです。

 

それに対して5次元の悩みとは

本当に大切なものを

求める悩みです。

 

進化のための

悩みです。

 

進化のための悩みに

正面から向かい合うことで

私達は、

魂レベルでは

パワーが高まります。

 

4次元で生きることは

心のレベルでは

ある意味、元気になるかも

しれませんが、

魂のレベルでは

延々とパワーの枯渇が

続きます。

 

ということで言えば、

魂のパワーやエネルギーを

取り戻し始めるのが

5次元の意識

と言ってもよいでしょう。

 

・・・・・・

 

多くの人達が

5次元の意識で

試行錯誤を続けているのですから、

その人にとって

最も必要な試行錯誤が

できる状態にする。

 

それが本当の

サポートです。

 

しかし、

その人の試行錯誤を奪い取り、

安易に

「この場合はこうすれば

よいのですよ」

と答えを与えてしまうような

サポートをしている人が

多いのも事実です。

 

さきほども書きました通り、

それはサポートとは

言えません。

 

人にとって大切な

試行錯誤を奪い取るのは、

その人の人生や命を

搾取しているのと

同じことなのです。

 

ですから私のコーチングは

いかにその人(その組織)を

成功させるか?

ではありません。

 

いかにその人(その組織)が

最高の試行錯誤ができるか?

こそを、

最も大切にしています。

 

こういった本質を

理解しているコーチが、

世の中にはもっともっと

必要かな。

 

つづく

 

人間である以上、誰もにもともとあるもの

現在このブログでは、

今年に入ってから

「意識の次元」ということについて

様々な視点から

書かせていただいています。

 

その中でよく、

高い次元の意識

という表現を使いますが、

こういった書き方をすると

それは何か特別なものであり、

特別な人のみが持っているものであり、

自分には馴染みのないもの、

という印象を持ってしまう方も

いらっしゃるかもしれません。

 

私にはそんな

高い次元の意識なんて

ありませんから・・・、

と。

 

まっ、面白いことに

高い次元の意識で動いている人ほど

そう言われる傾向が

あるのですが。

 

・・・それは置いておいて、

高い次元の意識はもともと

誰にでも存在しています。

ただそれを

使っているか、使っていないか、の

違いだけなのです。

 

例えば、海岸から

海を眺めているイメージを

してみてください。

 

海は広大ですね。

広くて深くて、

本質的にとても安心できますが、

でも一方で、

海は荒れると怖いです。

 

私達人間の心を

私はよく、海に喩えます。

 

人の心の中は

海のように広くて深いものです。

何が潜んでいるか

まったく未知数でもあります。

 

時々、すごく怖いものも

出てきたりしますよね。

 

しかし、海はなぜ、

海としてそこに存在できて

いるのでしょうか?

 

答えは簡単です。

 

地球があるからです。

地球という大地の塊が

あるからです。

 

海は液体ですので、

大地がなければ存在し得ません。

 

もし地球がなくなれば

海もなくなります。

 

海は、

広大で深遠で神秘的です。

 

しかし海は、

地球に支えられています。

 

高い次元の意識とは、

地球のようなものです。

 

そして海は

低い次元の意識と

ここでは喩えるとしましょう。

 

高い次元の意識

という存在があるからこそ、

低い次元の意識

が存在し得るのです。

 

ですから私達が

今ここに存在しているのであれば、

私達には

高い次元の意識という大地が

間違いなく存在しているのです。

 

そしてその大地は、

地球は、

一つです。

 

高い次元の私達も

もともとは一つなのです。

 

私が、

真本音と呼んでいるものは、

高い次元の意識、

つまりは地球から発せられる

あらゆる想いです。

 

ただしその想いは、

私達それぞれの

「個性」

も大事にします。

 

すべてが一つだから、

個性なんてなくていい、

ということではありません。

 

私達人間の素晴らしいところは、

高い次元から低い次元まで

あらゆる次元の意識が

混在しているところです。

 

「一つ」である部分と

「分離」している部分。

 

その絶妙のハーモニーが

「人間」です。

 

ですので、

「人間」としての私達の真本音は

高い次元も低い次元も

すべての意識を尊重した

次の一歩を示してくれます。

 

つまり、真本音とは

反応本音を活用しながら

生きていくのです。

 

反応本音は

100人いれば、100通りです。

 

真本音と反応本音が結びつけば、

そこに、

『真の個性』

が発現します。

 

真の個性に基づいて生きている人は

周りとの調和度が

凄いです。

 

自分自身は自由だし、

自分らしさを存分に発揮しているのに、

周りとは調和するのです。

 

(本当は、

自分の個性を発揮せずに

周りと調和することは

調和とは言いませんが。

それは、迎合と言います。)

 

真の個性、

真の自分らしさを

際立たせながら、

周りと調和する。

 

そんな組織になれたら、

素晴らしいと思いませんか?

 

つづく

 

表面を観察し、その奥にあるものを理解する

前芝さんには実は、先天的に

リーダー的要素や、開拓者としての性質が

備わっているにも関わらず、

まったくそれに気づかず、

むしろムードメイカーや縁の下の力持ち、

もしくは、人のサポート役としての彼を

ずっと育てようとしていたことに、

木村さんも弓江さんも少なからず

ショックを受けたようです。

(→前回記事)

 

しかしそれは

本当によくあることなのです。

 

表面にいつも現れる個性が、

その人のすべてではありません。

しかし、

そんなことはわかっているにも関わらず、

私達はついつい、

その人の表面上の振る舞いのみに

目を奪われます。

 

その振る舞いが、その人そのものである、

と勝手に思い込みます。

 

私が、どこの企業様のサポートに入っても

必ず、

『真本音と反応本音』

という概念をお伝えするのは、

その「思い込み」を超える目的が

あるのです。

 

「人の心には、

真本音と反応本音がある。」

・・・これは、視点を

与えているわけです。

 

この視点を持つだけで、

表面上に現れる振る舞いのほとんどは

「反応本音だな」

という見方になります。

すると、その後に必ず、

「では、その人の真本音は何だろう?」

という、一歩理解を深めようとする

眼差しが自然発生します。

 

もしくは、

「今のこの人の振る舞いは、

真本音によるものだろうか?

反応本音によるものだろうか?」

という目線で、

人を見ることもできるようになります。

 

こういった「区別」をしようとする

視点を持つだけで、

物事の見え方は随分と変わります。

 

そして、

真本音と反応本音という言葉自体を

社内の共通言語とすることによって、

ミーティングなどの議論も、

明らかに深まります。

 

例えば、営業ミーティングでも、

お客様の声にそのまま御用聞きのように

お応えするのではなく、

「あのお客様は真本音では

何を望んでいらっしゃるのだろうか?」

ということを徹底的に発想し合います。

すると、

非常にシンプルでかつ、奥の深い

ご提案につながります。

 

ただし、

その人の真本音を理解するためには

その人の反応本音と

反応本音に基づく振る舞いを

あるがままに観察することが重要です。

 

観察によって、

直観的に、その人の真本音を

キャッチすることができるからです。

 

その人の真本音とは、こちらの解釈によって

明らかになるものでは

決してありません。

 

「その人の真本音とは何だろう?」と

考え続けることは大事ですが、

考えながら理屈で導き出すものでは

ありません。

思考と観察を繰り返しながら、

自然に直観として明らかになるものです。

 

こういった、

真本音キャッチの方法も訓練が

必要です。

が、コツさえわかれば、誰もができるように

なります。

 

私は、すべてのビジネスマンが

これができるようになれば、

世の中にはもっともっと

本質的に人が幸せになれるビジネスが

増えるはずだと確信しています。

 

木村さんと弓江さんは

少し自信をなくしてしまったようですが、

こういった一歩一歩も訓練の内です。

 

私たちは、さらに真本音の視点から、

前芝さんについて

発想を続けました。

 

つづく

 

本来の個性とは別のものを、自分であると思い込む

どうも前芝さんは、側から見ていても

人生のテーマがわからなくなってしまうくらいに

真本音度合いが低まっているようです。

 

「前芝さんの本来の個性、

天性の個性、

先天的な個性

は何だと思いますか?」

(→前回記事)

 

「先天的な個性ですか・・・。

ここまで考えていると、

彼については何が何だか

わからなくなってきましたね。

私が個性だと思っていたものも、

とても表面的なものだと

感じてしまいます。」

・・・と、弓江さん。

 

「ちなみに、

その表面的な個性というのは

どのようなものですか?」

 

「はい、

先ほど申したのと同じになってしまいますが、

素直さとか、明るさとか、

ムードメイカーの力とか。」

 

「でも、どうもそれは今となっては

本質的な個性ではないということですね?」

 

「そうですねぇ。

彼の本当の個性は何だろう?・・・」

 

ここで木村さんが

口を開きました。

 

「実はですね、

ちょっと私は彼に関しては

感じていることがありまして・・・。」

 

「どのようなことですか?」

 

「はい、今ふと思ったんです。

今の今まで明確に気づいていたことでは

ないのですが、今、

あっそっか、とちょっと思ったことがあります。」

 

「ほう。」

 

「実は私は、

彼は笑っている時よりも、

真剣な表情をしている時の方が、

魅力的ではないか、と。」

 

「おぉ、なるほど!」

 

「本当に時たまですが、

ハッとするくらいの魅力的な顔をする時が

あるんです。

もちろんその逆に、

暗さの漂う表情をする時もあります。

そのギャップが激しいですね。」

 

「彼はどんな瞬間に、

その真剣で魅力的な表情を見せるか、

わかります?」

 

「う〜ん、どんな時でしょう・・・。」

 

「一番最近で、その表情を見たのは

いつか思い出せます?」

 

木村さんはしばらく

じっと考えていました。

 

「・・・、あぁそうか。思い出しました。

先日、前芝と一緒にあるお客様と

打合せをしていたのです。

その時に、お客様が前芝のことを

頼りにしている、というようなことを

おっしゃったんです。

その言葉を受けた瞬間の彼の表情が

とても良かったのです。」

 

私はこの時、

前芝さんの「実在」に意識を向けながら、

木村さんのお話を聴いていました。

 

すると木村さんのその言葉の直後に

前芝さんの先天的な個性が

直観的に、彼の「実在」から伝わってきました。

 

「あぁ、わかりました。

彼の先天的な個性が!」

 

「ホントですか!」

 

「なるほどぉ。

これはなかなか・・・。」

 

「何ですか? 彼の個性は?」

弓江さんはとても興味深げな表情です。

 

「開拓者、です。」

 

「開拓者!?」

 

「はい。

道なきところに道を創ろうとするのが、

彼の本当の個性であり、強みです。

恐らく、これは間違いありません。」

 

「へぇ・・・、そうなんですか。

まったく、今の彼とは真逆ですね。」

 

「はい。

先ほどわかった彼の人生のテーマである

“純粋に人をリードする”

というのも、この個性に基づいている

ものだと思います。」

 

「そうかぁ・・・。」

と木村さんは深い溜息をつきました。

 

「いやぁ・・・。

彼自身もそんな個性が自分にあるとは

思ってもいないと思いますが、

私もまったく気づいていませんでした。

でも、今言われると、一方では

確かに!と思えるから不思議です。」

 

「私も、今言われて、

まったく違和感がありません。

やはり何となくわかっていたんですね、

私達も。」

 

「しかし、ついさっきまで私は前芝の個性を

リーダーとは真逆なものだと

思っていましたら、その真逆なものを

育てようと思い続けていました。

本来の彼の個性ではない部分を、

周りが育てようとしていた、ということですね。

こういったことはよくあることなのですか?」

 

「はい、とても多いです。

本来その人が持っている個性とは

まったく別のものを、

本人も周りも育て続けるケースですね。

残念ながら、企業ではとても多いです。

で、その別のものを

自分の個性だ、と誤解しながら生きるのです。」

 

つづく

 

勢いに任せた前向きさから脱することこそ重要

葛藤を伴った前向きさ。

 

それは非常に不安定なものです。

(→前回記事)

 

常に前向きであろうと頑張り過ぎる人ほど、

私は注意をします。

その前向きさに合わせて物事を進めれば、

多くの場合、どこかで無理と不調和が生じるからです。

 

これを、

反応本音レベルの前向きさ、

と言います。

 

それに対して、

真本音レベルの前向きさ、

というものがあるのですが、しかし実はこれは

あまり的確な表現ではありません。

 

なぜなら真本音に素直に生きている人は、

自分が前向きかどうか、

なんてことは眼中にないからです。

 

前向きだろうが、後ろ向きだろうが、

今自分のすることは、今する。

ただそれだけのことだからです。

 

その姿を周りの人達が見ると、

「あの人はなんであんなにいつも前向きなんだ?」

という印象になるだけのことです。

 

真本音で生きるとは、

本人にとってはとてつもなく自然な状態です。

 

私のコーチングは、まずはクライアントさんが

そのような状態になる(・・・というよりも「戻る」)ことを

大切にしています。

 

単に勢いに任せて目標設定やコミットメントをして

勢いに任せて突き進む、ということを

私は、極力止めます。

 

勢い任せの前進ではなく、

本当に真本音に根ざした前進であれば、

そのクライアントさんの天然の魅力や個性や力が

発現し始めます。

 

木村さんの天然の力は

『創造力』

です。

(→前々回記事)

 

そしてその創造力とは、

『調和力』

を伴ったものです。

(→前回記事)

 

調和力という言葉は聞き慣れないと思います。

これも私の造語になるのでしょうか。

いつ間にか企業現場で自然に使うように

なっていました。

 

調和力を持った人は凄いです。

 

その人は特に何もしなくても、

その人がその場にいると明らかに

そこにいる人達の調和度合い(調和性)が高まるのです。

 

単純に言えば、例えば、

その人がいなければ言い争いになりそうな議題でも

穏やかにコミュニケーションが進んでいきます。

それだけでなく、

一人一人が個別で考えても決して出てこないような

斬新で本質的なアイデアが、

その場で生み出されるようになります。

 

調和力を持った人が、

そこにいるかいないか?

その違いだけ、でです。

 

ですので、私は組織コーチングをする場合、

その組織の中で調和力を持ち合わせている人を

いつも探します。

そしてその人の調和力を引き出すコーチングを

します。

そしてその人を、要(かなめ)として活用しながら

組織活性化を推進します。

 

その方が何倍も効果が違ってくるからです。

 

つまり調和力とは、

その人の存在そのものが発揮する

独特の力です。

 

木村さんにはそれがあったのです。

 

しかも木村さんの場合は、

その調和力という土台の上で、

新たな道を創り出していく逞しさ(創造力)も

ありました。

 

彼はもともと自信家の個性を前面に出していましたが、

実はその「自信家ぶり」自体は決して悪いことではないのです。

彼のその自信の根元にあったのは、

自分は新たな道を切り開いていける、という確信から

来るものだったのです。

 

しかし反応本音のみで生きていた彼は、

自己保身のために、その自信家ぶりを発揮して

いました。

それにより周りからの信頼を減らしていたのですから、

非常に勿体ない個性の使い方をしていたわけです。

 

要するに、

真本音で生きれば、自分の個性は

良い発揮の仕方をするわけです。

しかし真本音度合いを下げることで、

自分の個性を、自分を下げる方向に使ってしまう。

・・・そういった場面をこれまで私は

本当に数え切れないくらいに見てきました。

 

つくづく「勿体ない」の一言なんですよね。

 

木村さんの上司である平井さんは

こういった彼の特性を何となく掴んでいました。

だから、

「木村が真本音度合いを高めれば

必ず凄いことになる」という確信を持ち、

私に木村さんのコーチングを依頼されました。

 

そして、彼の天然の力が発揮され始めたのを見て、

すかさず、木村さんに「環境」を与えたのです。

それが、新規事業プロジェクトのリーダーという

立場です。

 

平井さんのマネジメントは「見事!」と

言うほかありません。

 

さて、話をもとに戻しますが、

新規事業プロジェクトのリーダーという役割を

平井さんから指示された時の木村さんは、

なぜ自分が?と疑問に思い、それを断ろうとしました。

 

そのタイミングで私のコーチングがありました。

 

私は木村さんに、なぜ平井さんが

木村さんをリーダーにしようとしたか?の理由を

詳細に説明しました。

 

調和力と創造力のお話も当然しました。

 

木村さんは、非常に恐縮されました。

「私のことを買いかぶり過ぎだと思うんです。

平井も、たけうちさんも」

と彼は言いました。

 

真本音度合いを高めることで

妙に謙虚になる人は、結構います。

恐らく、

これまでの自分の「芯のなさ」を知ってしまった故だと

思います。

 

ですから、謙虚になること自体は悪いことでは

ありません。

しかしだからと言って、

行動まで謙虚になる必要はありません。

 

本質的な謙虚になった人ほど、

大胆な行動をとっていただくことが

成果に結びつきます。

 

その環境を与えられる、という「現実」を

私は待っていました。

 

謙虚になった木村さんが、

目の前の「現実」に対して大胆に向かっていく。

 

これが、私のコーチングサポートの

次のステップでした。

 

つづく

 

揺るがぬ自分が、揺れをもたらす

外部環境によって人は影響を受けます。

 

外部環境によって個性が創られます。

外部環境によって能力も創られます。

外部環境によって人生も創られます。

 

私達は、どこに生まれ、

どこで生きるか?

によって、

自分は何者で、

自分はどのような人間か?

を形創っていきます。

 

例えば、日本に生まれるのと

インドに生まれるのとでは、

人生は大きく異なったものとなるでしょう。

自分という人間も

大きく変わるでしょう。

 

私達は外部環境によって

揺らされます。

外部環境によって

変化させられます。

外部環境によって

決められます。

 

外部環境によって、

私達の「心」は変わり、

外部環境によって

違った「自分」になるのです。

 

・・・と、私はずっと思って生きてきました。

 

確かにその通りでした。

でも、その一方で、

どのような環境でも

どのような状況でも

どのような運命でも

いっさいの影響を受けない

まったく揺るがない

そういった「自分」があることも

私は知ったのでした。

 

それが前回記事でご紹介した

私の体験です。

(→前回記事)

 

私は恐らくその体験によって

人生観が根本的に変わりました。

これもまた、

外部環境によってもたらされたものでは

ありますが。

 

でもその体験は、

私の中の揺るがぬ自分である『海』が

自らにもたらしたものである、と

今になればわかります。

 

人は、

必要な体験を自分に与えています。

必要な悩みや課題を自分に与えます。

それらをちゃんと体験し、悩み、取り組む。

それによって自分を

進化させようとしています。

 

『海』は進化します。

 

進化を望んでいます。

 

進化をするからこそ、揺るがないのです。

 

そんな『海』(のようなもの)が、

誰の中にもあるのではないか?

という仮説のもとで、私は自分のコーチとしての

活動を始めました。

 

新たな組織を立ち上げましたし、

自分の仕事の仕方も根本的に変えました。

新たな、研修・講座・コーチングの仕方、

すべてを一から創り直しました。

もちろんそれらのほとんどは、

頭で考えて行なったというよりも、

多くの方々と向き合う中で

現場の中でできあがっていきました。

 

そして、最初の一年で私はすでに

確信していました。

仮説は正しかった、と。

誰の中にも『海』(のようなもの)は

確かに存在していると。

 

私はその『海』を

『真本音』と名付けました。

 

あれから15年。

実は今の私は、「コーチング」という言葉は

あまり使いません。

私の行なっていることはコーチングというよりも

『真本音コミュニケーション』

と言った方がよいからです。

 

私のようなかなり辛い体験をしないと

真本音は出てこない。

・・・というものではありません。

 

本当は、誰もがすでに身近なところで

真本音と共に生きていますから、

ほんのわずかな刺激で、

真本音はニョキニョキと芽を出します。

 

しかしその芽を大切にしながら、

現実における「行動」を変えていく必要がありますので、

私のコーチングは逆に、

より現実的なものに変化しました。

 

クライアントの真本音をキャッチし、

その真本音キャッチ力を

クライアント自身が高め、

真本音の意思を、現実に反映させていく。

 

これをすることで、

クライアントは自らの「味」(先天的な味)を

自然に醸し出すようになりますし、

同時に、周りの人達との調和度合いも

一気に高まります。

 

つまりクライアントの人生は

とても幸せなものになっていきます。

 

私がそれをするのではなく、

クライアント自身の真本音がそれを成します。

そのサポートが

私のコーチングであり、

そこで私が行なっていることが

『真本音コミュニケーション』です。

 

そろそろ平井さんのお話に戻します。

 

私が平井さんとどのような真本音コミュニケーションを

とったのかを、

公にできるギリギリのところまで

ご紹介しようと思います。

 

つづく

人は人に取り憑きます

前回は、人の「個性」と「味」の違いについて

書かせていただきました。

(→前回記事)

 

「味」とは、その人がまったく意図せずとも

空気感として醸し出しているものです。

 

しかしそれを本人は認識していませんから、

その味を活かすことができている人よりも

せっかくの味を消してしまう方向の生き方・在り方を

してしまっている人の方が圧倒的に多いです。

 

・・・・・・

ここで、一人の方をご紹介します。

 

ある中小企業の管理職の平井さん(仮名)です。

 

彼は一般的には部長職に当たるリーダーです。

それほど大きな会社ではありませんので、

直属の上司は社長です。

平井さんは経営幹部の一人、と言ってよいでしょう。

 

私は平井さんのコーチングのご依頼を社長からいただきました。

社長いわく、

「今、私が最も期待を寄せているリーダーです」

とのことでした。

 

ところが、

「平井は、いつも80点90点のところまではできるのですが、

なかなか100点にならないのです」と。

 

社長は創業者で、できれば平井さんを自分の後継者にしたい

と考えていらっしゃいました。

 

社長は一見、物静かな方ですが、芯が非常に強く、

創業者独特のエネルギーに溢れていました。

周りからも尊敬されています。

もちろん、平井さんも社長のことをとても尊敬する一人

だったようです。

 

さて、そんな社長からのご依頼で

初めて平井さんにお会いしたのですが、

私の第一印象は正直言って、最悪に近いものがありました。

 

「この人は、まったく“自分”がない」

と思ったのです。

 

平井さんは堂々としていました。

言動の一つ一つにも力強さがあり、

業務においては恐らく、この人がほぼすべてを決断して

動かしているのだな、と感じさせるものがありました。

 

しかし、彼の言葉の一つ一つが

まったく私には響いてこなかったのです。

 

力強いのに、まったく響かない言葉たち。

 

実はこういったケースは少なくありません。

力強さはありますので、物事は進んではいくのですが、

しかしこういった人がリーダーの場合、

確実に目に見えないところで様々な不調和が

起きています。

 

そして、あるきっかけで突然に、

その不調和が炎上し、大きな問題を引き起こします。

そんなケースを嫌というほど私は見てきました。

 

しかも平井さんの場合、

その「匂い」が、とてつもなく強かったのです。

 

理由は、平井さんとお話を始めて5分で

わかりました。

 

ちょっと気持ち悪い表現になりますが、

イメージで言いますと、

平井さんの背中にベットリと、

社長が取り憑いていたのです。

 

平井さんの頭の中はただ一色。

「私は社長から認められたい。

社長から叱られたくない。

社長に誉められたい。」

・・・そればかりだったのです。

 

彼の一つ一つの決断・行動はすべて、

社長に認めてもらうためのもの。

もちろん彼は、そんなことは口にしません。

どころか、彼本人も自分がそうなっていることを

恐らく、気づいていませんでした。

 

でも彼は恐らく何年もそれを続けてきていたはずです。

 

私は彼と向き合って、

彼の人格も心も何も感じませんでした。

彼の体はここにあるのに、

彼という存在を何も感じないのです。

 

社長は私に言われました。

「ウチの社内では、平井が一番、私のことを

理解しています」。

 

いやいや。

それは理解ではなく、取り憑いているだけなのです。

かなり酷い言い方をしてしまっていますが、

これは大袈裟ではない表現です。

 

私は社長に、「これはかなり深刻な状態です」と

正直に私の印象をお伝えしました。

社長は、

「なんとか、彼を自由にしてやってくれませんか」

と私におっしゃいました。

 

こうして、平井さんのコーチングが始まりました。

 

平井さんは、本来の「味」が出ていないどころか、

本人の「存在」すらない状態。

 

その平井さんの「味」をどのように出していくか?

これはかなり難易度の高いコーチングでした。

 

つづく

大切なのは、味だよ味

人には、「味」があります。

 

普通の言い方をすれば、それは「個性」ということに

なるでしょうが、

「個性」と「味」はちょっと違うものであると

私は思っています。

 

「個性」というのはどちらかと言えば、

普段のその人の生き方・生き様・在り方のパターンが

積み重なり、

その経験値の中で、後天的に培われていくもの、

というイメージでしょうか。

 

それに対して、「味」とは、

もっと先天的なもので、その人の生き方がどうであったとしても

その人が「醸し出しているもの」

というイメージです。

 

私は普段、たくさんの人達と向き合う機会に

恵まれていますが、

みんなそれぞれ「味」があるなぁ、と思います。

その「味」を、それこそ「味わう」のが

私の人生の楽しみでもあります。

 

最近、ある企業様の、面白い人のコーチングを

始めました。

 

その人は、50代の方なのですが、

「私、人間が嫌いなんです。

できれば、人と接することをゼロにしたいんです。

一匹狼でこれまでも来ましたし、

これからも、できれば仕事も一人だけで

やっていきたいんです。

周りと交わりたくないんです。関わりたくないんです。」

と、断言されるのです。

 

実際、その人の仕事ぶりは言葉通りのようです。

 

ところが彼の醸し出している「味」は、

まったく逆なんですねぇ、これが。

 

彼の「味」を一言で表現すれば、

「私、人が大好きです!」

となるんです。

 

時々その人は、ふとした瞬間にニッコリと

微笑むのですが、

その微笑みが、実にいい。

人なつっこさを絵にしたような、

まるで純粋な幼子がそのまま大人になったような

そうそう、まるで赤ちゃんのような

可愛らしいお顔になるんです。

一瞬ですが。

 

そして彼の全身からも時折、

「ねぇねぇ、一緒に遊ぼうよう〜〜!」

と子供がおねだりをするかのような

愛らしい空気感が醸し出されるんです。

 

もちろんそれをご本人は

まったく自覚していません。

 

しかしだからこそ、それがその人の天然。

その人の「味」なんです。

 

前回まで、「生まれ持った強み」というテーマで

記事を書かせていただきましたが、

この「味」というのも、生まれ持った強みの一種

かも知れません。

(→前回記事)

 

そして、私がコーチングで大切にしているのは、

その「味」をいかに活かすか?

ということでもあります。

 

すべての人に「味」はありますが、

その味を活かしながら生きている人と、

その味を消してしまう方向に生きている人と

どちらかです。

 

残念ながら、味を消す方向の生き方をしてしまっている人は

多いです。

特に、組織のリーダーとなる人達は、

「リーダーらしい自分であろう」

と思うあまりに、自分の「味」を消してしまっているケースが

実に多いです。

 

どうせリーダーをやるのであれば、

「リーダーらしい自分」ではなく、

「自分らしいリーダー」になればいいんですけどね。

 

その「自分らしいリーダー」になるための

一つの重要視点が

「その人の味をいかに活かすか?」

なんですね。

 

そして、以上は「個人」という視点で申し上げましたが、

これは「組織」そのものにも言えることです。

つまりは、

「組織にも、その組織ならではの味がある」

のです。

 

その組織だからこそ持ち合わせている「味」を

いかに掘り起こすか?

 

これが私の組織サポート(チームコーチング)の

重要テーマの一つです。

 

ということで、

次回からは、この「味」ということについて

書かせていただこうと思います。

 

つづく

 

『心とはチームだ』

人の心とは
組織(チーム)です。

私達の心の中には
様々な人格・個性の自分が
存在しています。

例えば、
・がんばり屋の自分
・怠け者の自分
・思いやりのある自分
・自分勝手な自分
・慎重な自分
・大雑把な自分
などなど。

様々な個性の自分達が集まり、
チームを組んで
「私」という
一つの心を形創っています。

そして面白いことに、
それらの自分達は
本当に、まるで別人
のようです。

つまりは
この現実世界における
組織と同じように
様々な価値観をもった
人同士が集まっています。

当然そこには
「人間関係」が存在します。

現実世界の組織と
同じように
チームが一丸となる
組織(心)もあれば、
みんながバラバラで
足を引っ張り合っている
組織(心)もあります。

もちろん
前者の場合は
その人の心はパワーに溢れ
いつも元気です。

後者の場合は
その人はいつも疲弊し
深刻で暗くなります。

パワー溢れる心の人は
心にゆとりがあるので
いつも周りを
大切にできます。

いつも疲弊している人は
自分のことで精一杯なので
自分勝手になります。

心の中の状態が
現実世界における
人間関係をも
決定します。

人生の展開を
決定します。

そういった原理を
理解しているのが
チームパフォーマンスコーチ
です。

チームパフォーマンスコーチとは
まずは、
一人ひとりの「心」
というチームを
活性化サポートできる
人なのです。

つづく

良い人生と悪い人生を決めるたった一つのもの

これから大事なお客様とお会いするとします。

そのお客様との面談が
充実したものになるかどうか、
を左右するものとはなんでしょう?

 

いろんな答えがあると思いますが、
一つの重要な答えとして

「自分の心の状態」

があります。

私達の心。

それは常に、揺れ動いています。

心の状態の良いときにお会いするのと、
悪いときにお会いするのでは
そのお客様との面談の展開は
ひょっとすると
180度変わるかも知れません。

例えば、
お客様が発した、たった一言。

その一言に対して、
どのような姿勢と
どのような空気感と
どのような表情と
どのような言葉で
咄嗟に対応するか?

心の状態は
ここに大きな変化を
もたらします。

そのたった一度の対応が
その次の反応を呼びます。

その積み重ねで物事は展開します。

 

お客様だけではありません。

 

社内でのコミュニケーションも同じです。

 

同じメンバーで
ミーティングをしても、
その時その瞬間の各自の心の状態によって
話し合いの流れは大きく変化します。

 

もちろんこれは
仕事に限ったことではありません。

家族との関わり。

お友達との関わり。

ご近所様との関わり。

人と人が関わるあらゆる場面で言えることです。

つまりは、

「自分自身の心の状態が人生の展開を決める」

と表現しても
言い過ぎではないでしょう。

そして
私達の性格とか個性も、
結局はこの”心の状態の積み重ね”によって形成されます。

一人ひとりの成長も
組織(チーム)の成長も、
心の状態の積み重ねによって形成されます。

一人ひとりの業績も
組織(チーム)の業績も
心の状態の積み重ねによって形成されます。

そして実は、
心の状態の整え方
というのは、とても簡単なのです。

そこには極意があります。

それは「摂理」と言ってもよいです。

しかしとても残念なことですが、
その摂理をご存知の人、
本質理解をされている人は
極めて少ないのが、今の世の中の現状です。

『チームパフォーマンスコーチ』とは
その摂理を知り、
自らが実践し、
確信をもって人と組織を
サポートできる人です。

つづく