最近のコーチング

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私の中心
から
炎が立った。

すると
それに共鳴
するかのように、

周囲の人達の
うち、
何人かの人からも
炎が立った。

炎が炎を
呼び覚ました。

そうなると
早い。

私は、
炎の立っている
人から順に
近づいていく。

会話を
始める。

対話を
する。

・・・・・・

人は、

対話をする
ために

存在する。

と、
言い切っても
よいのでは
ないか。

最近、特に
そう思うように
なった。

「対話」
なので、
言葉のやり取り
だ。

ただし、
「対話」
なので
向き合ってないと
いけない。

正面から
向き合い
会話する。

それが
「対話」だ。

・・・・・・

最近の私の
傾向として、

随分と
喋る量が
増えた。

以前はほぼほぼ
聴き役だった。

が、今は
よく喋る。
いや、
というよりも
「攻撃する」
と 
言っていい。

とはいえ、
その攻撃は
相手の人に
「攻撃されている」
と 
思わせること
ではない。

むしろ、
居心地良く
伝える。

が、
本質的実質的には
それは
攻撃であり、

攻撃を受ける
ことで
その人は
何かが崩れる。

破壊
される。

そして
破壊される
ことで、

その人の
真本音が
浮上する。

その人の
顕在意識と
真本音が
一致しやすくなる。

こうなって
ようやく、
真の「対話」を
始めることが
できる。

・・・・・・

私は
問う。

問うが、
問うた先から
私自身が
喋り始めることも
多い。
最近は。

問うて、
私自身が
答えを
言ってしまうのだ。

実はそれは、
自己対話。

その人
自身の。

その人が本来
その人自身の
真本音と
するであろう
対話を、

目の前で
私が
見せている、
という状態だ。

それによって
その人の中に
気づきや
疑問が
生まれる。

すると、
今度はその人が
私に
問うてくる。

それに
私が
答える。

当然、
その答えは
その人自身の
真本音の答え
をキャッチし、
それをそのまま
伝えている
状態だ。

気がつけば、

なぜか
クライアントが
問い、
コーチの私が
答える、
という
展開になっている。

これが最近の
私のコーチングの
様相。

だから、
喋る量が
随分と増えて
しまった。

・・・・・・

こういった形の
コーチングを
するためには、

コーチである
私が
あらゆる意図を
手放さねば
ならない。

どころか、
「私」という存在
そのものを
手放している
必要がある。

私は
ただの「鏡」
であり、

少し極端に
言えば、

「自然の摂理」
そのままに
なる必要が
ある。

これが
私の目指す
コーチングだ。

・・・・・・

つまり、
本質的には

クライアントさん
自身が
私を
動かしている。

私は完全に
クライアントさんに
委ねている
状態。

これをずっと
目指して
30年やってきた。

最近は
随分できるように
なった
実感はある。

だがこれは、
いい気になったら
途端に
できなくなる。

まだまだ
精進だ。

つづく

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