2026年 10月 の投稿一覧

追い込まれた

もうすぐ
終わる。

それは
わかる。

でもいつも
ここからが
長い。

気長に
いることに
する。

しかし
それにしても
すごい
エネルギー消費量
だ。

・・・・・・

私一人で
成す
のではない。

助けを
借りながら、

それによって
初めて
成せる。

そんなこと
ばかりだし、

そういった
人生を
自ら選んで
いるのが、

私であり
あなたであり、

ほとんど
すべての
私達だ。

助け合わねば
進めない。

自然の摂理
とは
そのように
初めから
できている
らしい。

・・・・・・

人によって
進む
ペースは
異なる。

自分の
ペースは
大切にした方が
いい。

だがそれは、
いわゆる
マイペースで
進む
ということでは
ない。

マイペースを
壊すことも
また
私達のテーマ。

マイペースを
壊しながら
本来の
自分にしか
出せない
スピードで進む。

常に
壊しながら。

・・・・・・

ある時、
“それ”
は
来る。

決断の
時であり、

結論が
出される
時だ。

その場で
取り繕っても
仕方がない。

それまでの
一歩一歩
一つ一つの
積み重ねの
結果だから。

そう、

“それ”は、
静かに
待つしかない
のだ。

私達に
できるのは、

あらゆる結果
を
受け入れる
覚悟を
持つこと。

何が
起ころうとも、
自業自得
なのだから。

・・・・・・

“それ”は
私達を
追い込む。

私達は
窮地に
立つ。

自分では
もう
どうしようもない
現実と
なる。

普通はそこで
ジタバタ
するだろう。

しかし
私達は
学んだ。

これまで
ずっと、
何度も
何度も。

ジタバタ
しようが
しまいが、

私達の
することは
変わらない。

結果も
同じ。

であれば、
ジタバタを
やめよう。

心は
どれだけ
揺れても
いい。

でも
それは
それ。

あらゆる
現象と
自分を
区別しながら、

ずっと
静かに
いよう。

静かに
追い込まれる。

それにより
静かに
始まる。

いよいよ
だ。

つづく

行く末が決まったのか

今、私は
何をやって
いたのだろう?

と
わからなく
なった。

いや、
コーチングを
していたの
だが。

でも、
何をやって
いたのだろう?

わからない。

・・・・・・

亀裂が
入った。

きっとあの
亀裂は
これから
どんどん大きく
なり、

きっと根底
から
壊れるの
だろう。

そして
その奥から
本来のあの人
が
急速浮上
してくる。

それは
わかる。

それは
わかるの
だが。

・・・・・・

彼は、
組織を
ダイレクトに
変える。

ひょっとしたら
社会を
ダイレクトに
変える力をも
持っている。

最初から
わかっていた。

だから
喜んで
サポートさせて
いただいた。

それが
一気に
進む。

進んで
いく。

とても
良いことだ。

だが、

一体これは
何が
起きている
のだろう?

・・・・・・

一人が
変われば
100人が
変わる。

本質的な
変化の
与えるインパクト
は大きい。

変化は
次の変化を
生み、

ある瞬間を
境に
それは
無限に
広がっていく。

そのように
して
この世界は
創り出されて
きた。

その
自然の摂理を
ここで
繰り返している
だけだ。

だが、
それだけか?

何かが
違う。

これまで
とは。

・・・・・・

夢も希望も
ない、
と
言った。

そうでも
ないよ、
と
別の人が
言った。

どう
見るか?
だ。
同じ現実
でも。

その通り。

私達が
創り出すのは
物語だ。

望む物語も
あれば
避けたい物語も
ある。

物語の中で
生きている。

そしてその
物語は
決まっている。

いや、
決まって
いない。

それも
見方によって
変わる。

私達は、
今の物語の
延長線上で
良いか?

このままで
良いのか?

そう、
問いかけ
続ける
何かがいる。

その問いに
真摯に
向き合う人
と
無視する人。

物語の結末
は
知らない
ままに。

・・・・・・

あぁそうか、
と
一つ
合点した。

結末が
一瞬、
垣間見えた
のだ。

それが
事実かどうか
は
わからない。

勝手な
妄想かも
しれない。

だが、
これまで全く
見えなかった
ものが、
見えて
しまった。

その
インパクトは
とても
大きく、

私は
立っていられない
くらいの
衝撃の中に
いる。

・・・・・・

それが
わかった上
での
コーチング。

震えるくらいに
今日のこの
瞬間で
決まってしまう。

1mmも
間違えては
ならない。

それが
わかった上での
コーチング。

人として
耐えられん
だろ、
こんなの。

だが
耐えるしか
ない。

その
スタートの
日。

それが
今日だ。

つづく

孤独な人よ

孤独に
苛まれている
のがわかる。

あんなに
元気なのに。

もちろん
本人も
元気なつもり
だ。

でも
側から見れば、
その人の背は
孤独だ。

理解者が
いない。

表面的
理解者は
多い。

でも
真の理解者が
いないのだ。

・・・・・・

孤独を背に
闘う人。

私は
そういう人を
見ると
応援したくなる
のだが、

そういう人
ほど
自分が孤独で
あることを
受け入れようと
しない。

そして、
仲間がいるような
つもりになって
たった一人で
闘い続ける。

そして、
ひどい場合は
精神的
もしくは肉体的な
病に落ちる。

孤独な人は
背負い過ぎて
しまうのだ。

・・・・・・

私が、

真本音で
生きる

ためのサポート
をずっと
続けているのは、

そういった
人達が
「軽く」
なるからだ。

背負っている
ものを
良い意味で
降ろすことが
できる。

身軽になり、
そして
パワーアップ
する。

上手くいけば、
真の仲間が
増える。

そうすると
面白いことに、
これまで
孤独に蓋を
していた人が、

私は
孤独だ

と
認めるように
なる。

それを
認めることが
できれば
あとは早い。

真の仲間を
増やす方向に
その人は
努力を始める。

まぁ、
私の人生
そのものでも
あるが。

・・・・・・

本当は
高い次元で
私達は
繋がり続ける。

その繋がり
を
実感できるように
なることが
スタートだ。

最初から
繋がっている
人がいるのだ。

その人を
まずは
見つけること。

真本音で
生きれば、

そういった人
とは
必然的に
出会える。

結ばれた
赤い糸を
お互いに
引き寄せ合う
ように。

ただし、
出会ったからと
言って、
すぐに仲間に
なれるわけでは
ない。

お互いが
オープンに
向き合うこと。

自分を
さらけ出す
こと。

お互いが
自由のまま
関わり続ける
こと。

相手への
変な気遣いは
関係を
おかしくする。

そういった
真の仲間になれる
人同士の
関係性のご支援は
楽しい。

・・・・・・

孤独な人
よ。

孤独である
ことを
自覚することだ。

そこから
始まる。

そろそろ
人生の本番を
始めなければ
ならないだろ。

つづく

勇気如何だ

突入する
怖さ
がある。

あの中に
入れば
どうなるか?

全く
予測がつかない
からだ。

大抵、そこで
躊躇する。

そして
9割くらいの人は
諦める。

自分には
きっと
無理だ、と。

しかし本当は
突入さえ
してしまえば、
誰もが
本来の自分が
発芽する。

そして
楽々と
そこを突破する。

そういう風に
できてるんだ、
人間は。

・・・・・・

つまりは
勇気如何だ
ということだが、

この勇気が
出ないんだな。
なかなか。

開き直れない
と言うか。

いざという
時に
勇気を出せる
自分である
ように、

そのために
日々、
真本音で生きる
ことが
必須だ。

今この瞬間
の
勇気。

これを逃すと
随分な
回り道と
なる。

もうそんな
時間の猶予は
ないだろ?

・・・・・・

茫然と
佇む
遥か先の未来
から、

ここ
に
届くものが
ある。

彼らの
期待と共に。

彼らの
期待に応える
には、
到底、私一人の
力では
無理だ。

突入できる
人達を
いかに増やすか?

そして
彼らと共に
行く。

突破
する。

私がやりたい
のは
それだけだ。

つづく

コーチは変わるべき

二段跳び
のような
展開。

ここ最近、
随分と
増えた。

本当のことを
言えば、
10段飛び
くらいで
行きたいのだが、

そんなことを
したらきっと
現実が
壊れてしまう。

今は
これくらい
か。

・・・・・・

二段跳びを
するため
には、

その先に
あるものを
きちんと
観なければ
ならない。

つまり、
あらかじめ
答え
を知るという
ことだ。

全ての答え
を
知ることは
できないと
思うが、

肝心要の
答えのみでも
知り、

受け入れる
必要が
ある。

そしてその
答えの
方向に

強い後押し
をする。

もしくは、
場合によっては

強く
引っ張る。

そういうことが
できなければ
もう
コーチとは
言えない。

という
時代になって
しまった。

つまり、

コーチの在り方
や
コーチの定義
そのものが
変わってきた。

以前の
コーチングのままでは
これからは
何もかもが
通用しない。

コーチとは
答えを
知るものだ。

そして
そちらに向かい
物事を
動かしていく
者。

人を尊重
している
場合では
ない。

・・・・・・

ちょいと
極端な書き方
になったが、

それだけ
わかりやすく
表現しなければ
人や組織の
サポートは

もはや
できない。

人々の
気づきが
遅過ぎる。

そこに
ペーシングして
いたら、

間に合わなく
なる。

それくらいの
急流に
今の私達は
乗っている。

・・・・・・

見通す力
と
現実を観る力
は
ほぼほぼ
イコールだ。

見通すため
には
解釈が入っては
ならない。
意図が入っては
ならない。

つまりは
頭の思考が
入っては
澱んでしまう。

くっきりと
現実と
対峙する者
だけが

未来を
見通せる。

答えが
わかるのだ。

・・・・・・

そして、
答えがわかったら、
可能な限り
それを早く

発信する。
伝える。

指導する。

・・・ことが
必要だ。

そうなると
もう
表面上は
コーチとコンサルの
区別が
つかなくなる。

それで
いい。

ただ、
コーチは
それらを
「完全なる鏡」
として
行なうのだ。

「鏡」とは
自分を消す
ことではない。

むしろ
逆だ。

自分を完全に
開かねば
「鏡」には
なれない。

人はそのように
できている。

ただ、

「鏡」になれる人
と
なれない人が
いる。

どちらが
良い悪いでは
なく、

これは
先天的なもの。

努力で得られる
ものでは
ない。

先天的に
「鏡」になれる
素質を持った
人。

そういった
人を
見つけ出し、

しっかり
自らの意思で
「鏡」になれるよう、

「鏡」として
指導する。

それが
私のやりたい
ことであり、
やり続けている
ことだ。

今後ますます
その必要性を
感じている。

つづく