どうでも
いいことでも、
やらなければ
ならない
時がある。
ということは
それは
本当は
どうでもいい
ことでは
ないのだが。
でも、
表面的に見れば、
どう見ても
どうでも
よく、
モチベーションが
上がらない。
なのに、
私は真本音で
それを
やろうとする。
それを
止められない。
・・・・・・
わかって
いる。
結果的に、
後になれば
それが
いかに重要な
意味を
持っていたか?
は
わかること。
あーそういう
ことだったか!
と
合点できる
こと。
わかっちゃ
いるけどね。
でも
どうでもいい
ことは
やりたくないんだ。
・・・・・・
そう思い
ながら
やる。
と、
ちょうど良い
塩梅で
私はそれに
取り組める
ようだ。
潜在意識
では
やる、と
決めている。
顕在意識
では
やりたくない!
と
言い張っている。
それが
「ちょうど良い」
状態を
生む。
ということも
よく
わかっちゃ
いるんだ。
でも、
やりたくない
ものは
やりたくない。
・・・・・・
このように
モチベーション
ゼロで、
物事に取り組む
ことは
私は案外
多い。
だがやはり、
その経験
こそが、
私の人生の
糧になっている
ことも
どうしようもなく
実感して
しまうのだ。
今日も
そうだった。
本当の
本当に
どうでもいいこと
に
取り組もうと
している
クライアントさんを
必死で
止めることが
できた。
なぜそれが
できるかと
言えば、
本当に
どうでもいい
ことと、
本当は
どうでもよくない
ことの
区別が、
私はつくから。
だから
必死に
止められる。
どうでもいい
ように見えて
本当は
とても重要な
ことに
ずっと取り組んで
きた成果だ。
・・・・・・
人生、
無駄なことは
一つもない、
と
よく言われる。
そんなこと
はない。
本当に無駄な
ことは
いっぱいあるし、
みんな
それを
し過ぎている。
無駄なことを
しなくなる
だけで、
世の中全体の
次元は
間違いなく
高まるし、
世界はもっと
平和になる
はずだ。
まずは、
無駄なことは
ない、
と
自己満足的に
見つめ、
意味のない
意味づけを
するのを
やめよう。
これは
無駄である。
と、
断定する
勇気。
そういった
ものから
覚悟というのは
育まれるのでは
ないか。
つづく